フランス「医療現場」と「災害対策」最前線
【筆者:三枝裕美・長崎大学医歯薬学総合研究科 災害・被ばく医療科学共同専攻医科学、長崎腎病院 非常勤勤務】
東日本大震災から7年が経過したが、浪江町や双葉町、大熊町、富岡町の一部地域は未だに帰宅困難地域と指定され、約3万3000人が福島県外に避難をしている。東京電力福島第1原子力発電所事故は多くの教訓を残したが、その1つが防災・減災の重要性である。常日頃から準備をしていれば、いざというときに心配することはないが、時間と共に記憶も風化するため常に災害を意識し続けることは非常に難しい。
日本の原発保有数はアメリカやフランスに次いで42基と世界で3番目である。しかし、原子力発電の依存が最も高いのは欧州連合(EU)25%であり、その中でもフランスは国内電力の75%を原子力発電に依存している。2015年に施行したエネルギー転換法において、2035年までに原子力発電への依存を75%から50%に減少させる方針であるが、未だにフランス政府から廃炉に関する発表はない。
このように世界で最も原子力発電に依存するフランスで私は現在、臨床工学技士として災害医療と生命維持管理治療について学んでいる。臨床工学技士とは、人工呼吸器や透析機器など、生命に関わる医療機器の整備や管理を行う職種である。
災害時に生命維持管理治療を行うための機器をどのように維持するかは、防災・減災の観点からも非常に重要である。1995年の阪神・淡路大震災では、人工呼吸器の転倒による破損や酸素配管の湾曲により機器が使用不能となったため用手換気を行い、患者搬送を行ったと報告されている。身近な生命維持管理治療である慢性的な人工透析患者は、日本全体で約33万人と、福島県で2番目に人口の多い郡山市(33万5444人)や、沖縄県那覇市(31万9435人)程の規模であるが、この透析治療は災害時にはいつも大きな問題となる。
滅菌された物資や大量の水が無ければ治療を行うことができないからだ。東日本大震災において1日でも操業不能となった透析施設は、全国で314施設と報告されている。主な原因は停電や断水だったが、地震による機器の損傷や津波によって病院までの経路が断絶されるなどのため、透析可能な施設に患者が押し寄せた事例も報告されている。また、病院外において避難所生活や健常者と同じ食事を取ったことによる体調不良も報告されている。
日本は、自然災害において多くのノウハウがあるが、化学 (chemical)、生物 (biological)、放射性物質 (radiological)、核 (nuclear)、爆発物 (explosive)によるいわゆる「CBRNE災害」の経験と情報が著しく足りない。
そこで私は、現在の状況を活かし、フランスのCBRNE災害対策についてパリの民間非営利団体病院の透析部門で働く看護師長の女性と技士長の男性のお二人に話を伺った。お二人とも看護師や技士を束ねる立場であるため、緊急事態や災害発生時には率先して行動される方々である。また、生活も病院近郊であるパリで行っている。
看護師長の女性からは透析医療や患者と災害についてお話しを伺い、技師長の男性からは透析機器や物資と災害について詳しくお話を伺った。お二人ともお忙しいにも関わらず業務の合間に丁寧に答えてくださった。
乏しい「原発事故」の危機意識
まず、看護師長の女性のお話。
「私はパリで放射線災害なんて起きないと考えています。それに、原発事故よりもむしろセーヌ川の氾濫が心配です。ここが工場のように物を扱う仕事なら捨てて逃げられますけど、病院ではそれができませんからね。当院も、直接ではないけど災害の被害を受けたことがあります。6年前にイタリアで災害があったときには、物資が来なくて治療に支障が出ました。その教訓を活かして、1つのメーカでなく複数のメーカの製品を採用しています。それを毎日倉庫からトラックで運んでいるので、備蓄は2日くらいしかしていません。他にも火事がありましたので、すぐに近くの病院に患者さんを移送しました。周辺の病院と連携がしっかり取れているから、不測の事態にも対応できると考えています。防災が大切なのも分りますが、私達は毎日必死に患者さんを治療しているので、頭では分かっていても『いつか』の災害のために割く時間がないんです」
次に、ベテランの男性技師長のお話。
「災害と言えば、やっぱりパリが水没しちゃうことが心配だね。僕はパリでも地震が起きると思うよ。500年後かもしれないけどね。具体的な災害対策と言えば、国で決められているバイオテロ対策があるよ。発覚したときにはもう遅いと思うけどね。日本人は電気がないと熱湯消毒できないと思うだろ? 実は、ここでは地熱発電を利用しているんだよ」
お二人から伺ったことをまとめると、原発事故を見据えた対策は行っていないとのことだった。しかし、透析は大量の水を体内に循環させるため、水を媒介とした病気や化学・生物学的なテロに弱いからか、対策が講じられていた。バクテリアや細菌の混入を防ぐ対策は行われていたり、電気の供給が絶たれた場合でも消毒が行えるよう地熱発電を利用されたりしていた。それに加えて、不測の事態が発生した場合は、重症患者を優先して他施設へ移送していた。また、外来透析患者を他施設に紹介し、透析スケジュールを大きく乱すことのない仕組みが構築されおり、火事の際には上記の仕組みが適用されていた。
しかし、イル・ド・フランス(フランスの中北部)全域での災害や、パリ中心部を流れるセーヌ川氾濫時の防災・減災案は、まだ検討中であり具体的な対策はなかった。パリに最も近い「ノジャン・シュル・セーヌ原発」はパリから南東に約120km離れており、東京と東海第2原発の距離と同じである。この原発はセーヌ川に面しているため、福島原発事故のような複合災害を否定することはできないし、何らかの理由で他の原発も停止すれば、電力不足に陥る可能性も考えられる。東日本大震災では、計画停電が実施され、病院の滅菌施設が稼動できなかったという報告もある。フランスでは、原発事故は起きないだろうと、福島原発事故をどこか遠い国での出来事のように考えているように感じた。それはまるでチェルノブイリ原発事故のニュースを聞いた日本のようであり、福島原発事故以前の私達のようであった。
今後フランスは原子力災害の防災・減災を行うと共に、災害に対する意識を高めることが重要だと感じた。
特に、災害時は通常の病院としての機能を果たせない場合が多く、2016年の熊本地震の場合においても、ライフラインの被害や建築・医療・治療設備の被害が甚大であり、治療に支障をきたした。原子力災害の場合は計測や除染など多くの工程が必要となるため、更に混乱が起きやすいと福島原発事故の経験からすでに学んでいる。
人材や物資が不足した場合、現場の医療従事者の判断によって患者の命が左右される状況になる可能性も決して低くはない。その際により良い選択をするためにも、多くの経験と知識、そして準備が必要である。日本とフランスを比較すると、日本では頻繁に大規模な自然災害等が発生しているため、災害に対する意識を保ち続けることは決して困難ではないが、日本の国土面積の約1.7倍であるフランスでは地方によって気候や特徴が異なるため、一概に同じ災害を危惧すべきだとは言いがたい。フランス全土で見てみると、2016年のセーヌ川の洪水や2017年6月の熱波、そして2018年10月にはオードの洪水があり、災害は発生している。
このような自然災害とCBRNE災害の防災・減災対策は、全く異なるわけではない。全ての災害に共通している対策として、ライフラインの確保方法や外部との連絡の取り方など、それらを十全にする必要がある。言葉で言うのは簡単だが、実際に行うとなると非常に困難である。
フランスのパリ中心部にある病院は、土地の確保が難しいため、透析に必要な物資を毎日トラックにて輸送していた。血液透析に用いる回路は、チューブの中を血液が通るため滅菌処理がなされていなければならい。他にも、体内に間接的に入る製品は滅菌されていなければならないので、取り扱いには注意が必要である。そのような製品を、交通網が麻痺した状態で約15kmの距離をどのように運ぶのか考える必要がある。
いずれにしても、防災や減災など具体的な行動も必要だが、まずは現場で働く医療従事者の災害に対する意識を高めることが重要ではないだろうか。
本インタビューにあたり、留学の受け入れをしてくださったCEPN(フランスの原子力防護評価センター)Thierry Schneider、指導教員の長崎大学原爆後障害医療研究所放射線リスク制御部門の松田尚樹教授、留学の調整をしてくださった長崎大学原爆後障害医療研究所放射線リスク制御部門の高村昇教授、現地等でご指導やご助言頂きました福島県立医科大学医学部公衆衛生学講座の坪倉正治特任教授、インタビューの調整と翻訳を担当してくださった藤堂史恵氏、そしてインタビューを受けていただいた「AURA PARIS PLAISANCE」(パリの病院)の方々に心から感謝申し上げます。