人類初「月面着陸」から50年「日米欧加露」が再び月に挑む「ゲートウェイ」構想

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 1969年7月21日2時56分(協定世界時/UTC)、アポロ11号のニール・アームストロング船長は、「これは1人の人間にとっては小さな1歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」と言って左足を地に着けた。それは人類が初めて月面に降り立った瞬間だった。

 あれから50年、再び人類は月に向かって動き出そうとしている。

月の周回軌道上に「新たな拠点」

 現在、米国主導で進められているのは、月の周回軌道上に新たな拠点をつくる「ゲートウェイ」構想。ここから宇宙飛行士を月面ばかりか、ゆくゆくは火星にも送り出すというから、地球にとってはその名の通り、宇宙への「玄関口」である。

 すでに米航空宇宙局(NASA)には500万ドルの開発予算が割り当てられ、本格始動している。2022年に組み立て作業を開始し、2026年には完成させ、2030年代から宇宙飛行士を船に乗せて月面に降ろす計画だ。

 欧州22カ国が加盟する欧州宇宙機関(ESA/本部はフランス・パリ)も2019年末の閣僚級会議で参加を合意すると見られており、カナダ、ロシア、日本も参加決定に向けて調整に入っている。

「なぜいま再び月なのか疑問に思われるかもしれませんが、国際宇宙ステーション(ISS)の運用が安定してきたことが背景の1つにあります」

 そう言うのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の佐々木宏・国際宇宙探査センター長。このセンターは、日本におけるゲートウェイ構想のいわば“実働部隊”だ。

「ISSは1998年に建設が始まり、2011年に完成し、日米欧とロシア、カナダの15カ国が国際協力によって運用しています。そこでさまざまな成果が得られるようになるにつけ、“ISSの次”が見えてきた。いずれISSにも寿命が来ます。また、運用が安定してきたので、わざわざ国の宇宙機関が実施しなくても、ISSは能力と意欲のある民間企業に任せ、新たな技術開発する拠点として月周回の宇宙ステーションをつくってみよう、すぐには難しいかもしれないけれど、そこから月面に行こう、という機運が盛り上がってきたのです」

 ISSは2024年までは現行の国際協力体制で運用することが決まっているが、米国は2025年以降、資金拠出をしない意向を表明しており、民間企業にシフトしていく可能性が高まっている。

南極にあった水の重要性

 もちろんゲートウェイ、ひいては月面着陸を目指すことには科学的なモチベーションも大きい。

「アポロ計画では計400キログラムのサンプルを持ち帰り、終了後もしばらく分析が続けられましたが、当時は行けるところが限られていた。つまり、月の表側、常に地球の方を向いている面の、それもクレーターなどがない平らな場所にしか着陸できませんでした。そのため、研究としてはある程度限定されていたのです」

 ところが、1990年代半ばから米国が月周回探査機の「クレメンタイン」や「ルナ・プロスペクター」を、日本が月周回衛星「かぐや」を打ち上げると、状況が一変。

「アポロ時代よりも精度の高い観測が全球レベルで行われるようになり、科学者が興味を持つデータが次々に出てきました。結果、人類が降り立ったことのない月の裏側や北極・南極に行きたいという意欲が生まれてきた」

 とりわけ科学者が前のめりになっているのが、南極域だ。ここに何があるかと言えば、水。正確に言うと、氷である。

「月は地球より小さく、重力が6分の1しかないので、水を重力圏内にとどめておくことができません。ガス化して宇宙に放出されてしまうのです。しかし、水が氷として存在している可能性が指摘されるようになり、どこにあるのか調べたところ、太陽の当たらない極域、それも南極域に多いことが分かってきた」

 そもそも月の水がどこから来たのかは地球と同様に分かっていないが、誕生時に内部に残っていたものが火山の噴火などで表面に出てきたという説や、小惑星や彗星が運んできたという説がある。

「月の水を調べることは、月の成り立ちを解明することと不可分で、それは月と兄弟関係にある地球を知ることにも繋がります。また水は生命の起源なので、どうして生命が誕生したのかという謎にも迫れるかもしれない。水は非常に重要な研究テーマなのです」

 さらに、今後の宇宙探査にとっても大きな意味を持つという。

「月に水があれば、酸素と水素に分解し、燃料として使うことができます。月面を移動する車のエンジンにもなれば、火星探査に向けてロケットを飛ばすこともできる。地球からロケットを打ち上げると、秒速8キロまで加速する必要がありますが、重力の小さい月からは秒速1キロほどで宇宙に出られる。つまり月は、火星などの次の目的地へ行く燃料基地としてとても有益なのです」

 月周回の拠点どころか月面基地も夢ではなく、火星も一気に近づくというわけだ。

ゲートウェイを牽制する中国

 いま各国は「ゲートウェイ」構想への参加を調整しつつ、それと並行して無人月面探査のプロジェクトを急ピッチで進めている。

「ゲートウェイから月面へ降りるという段階が来た時のために、着陸したり月面を移動したりする技術を持っておかねばなりません。無人探査はその実証研究でもありますが、これは大きな国際協力体制を敷かなくても単独でできるため、協力よりも競争の領域になっている。しかも現時点で月には国際ルールがないので、陣取り合戦ではないですが、行ったもの勝ちという側面がある。なるべく早く行くに越したことはないと、どの国も目を光らせています」

 とりわけ極域の「陣取り合戦」が激しく、日本は2021年に「小型月着陸実証機」(SLIM)を打ち上げ、月の表側で狙い通りに着陸できるか確かめてから、2023年に南極を目指す。こちらはインドとの共同プロジェクトで、10キロメートルの範囲で水の量や質を調査し、その場で観測するという。

「米国も2022年に、ロシアとESAも共同で2023年に同様の南極域探査を行う予定で、どの国もゲートウェイの方では協力して仲良くやろうと言いながら、無人探査の方では火花を散らしているのです」

 この他、2021年に南極域の無人探査を計画しているのが中国だ。2007年から「嫦娥(じょうが)計画」のもと、段階的な無人月面探査を行っている中国は、2018年12月には世界で初めて月の裏側に着陸すべく、「嫦娥4号」を打ち上げた。2030年以降、無人の研究拠点を月面につくる計画も発表しており、明らかに米国主導の「ゲートウェイ」を念頭に置いた牽制である。

「中国がいろいろな動きを見せる中、米国としては黙って見ているわけにいかない状況です。アポロ計画が米国とソ連の競争で推し進められたように、ゲートウェイにも政治的な側面があることは否定できません」

南極域をほぼ常時観測

 では、肝心の「ゲートウェイ」とは一体どのようなものなのか。

 月は地球から約38万キロ離れたところを自転しながら公転している。地球から見えるのはいつも「ウサギ」のいる表側で、裏側は見えない。「ゲートウェイ」は地球から常に姿を確認できるように、この表側の外周をぐるっと回る(右の図を参照)。

 ご覧の通り、軌道は楕円で、南側が長い。北極の上空4000キロメートルが最も高度の低いところで、ここから南に進むにつれて高度が上がり、南極の上空7万5000キロメートルでピークに達する。その後、徐々に高度を下げて北に向かい、約7日間で1周する。

「これが月を東西に回る軌道だと、ゲートウェイが裏側に入った時に見えなくなるばかりか、通信も途切れてしまいます。でも、この軌道であれば、常に見えますし、通信が途切れることもありません。さらに裏側の様子もゲートウェイを通して知ることができ、科学的に関心が高い南極域に至っては、ほぼ常時観測できる」

 ただ、火星に比べたら近い月でも、地球の上空400キロを周回しているISSからすれば、かなり遠い。その分、資材を運ぶもの一苦労のため、規模はISSの7分の1程度になるという。

「ISSは重さ420トンで、サッカー場ほどの広さがあります。完成するまでスペースシャトルを40回も打ち上げ、10年以上かかりました。一方、ゲートウェイは重さ70トンで、7回のミッションで4年のうちに完成させる構想です。1SSと同様、モジュールやパーツを順番に打ち上げ、ドッキングしていきますが、2022年に打ち上げる最初のモジュールは自動で目的地まで行く。そのため、翌年から追加のモジュールとともに宇宙飛行士を送り、彼らがドッキング作業を担っていくことになる」

 1度に送られる宇宙飛行士は4人で、2026年の完成まで4回の有人ミッションが予定されている。つまり、計16人が組み立て作業に携わる計算だ。

「ISSには1度に6人が滞在し、1年以上残る宇宙飛行士もいますが、ゲートウェイの滞在期間は30日程度です。あくまでも月面や火星に行く際のベースキャンプという位置づけですし、宇宙放射線の影響も見ないといけないので、いまのところ長期滞在は想定されていません」

日本の枠は全体の1割

 日本としては完成までに1人くらいは宇宙飛行士を送りたいところだが、

「それは我々にとっても最低ラインの目標です。あくまでも目安ですが、ISSの場合は滞在する宇宙飛行士の7~8割がアメリカで、残りの2~3割のうち日本とヨーロッパがだいたい1割ずつ占めています。そう考えると、日本人宇宙飛行士の枠は、16人のうち1人か2人でしょう」

 ここで重要になってくるのが、ゲートウェイへの貢献度だ。その度合いによって完成後も含めてどれだけ自国の宇宙飛行士を送れるか、そして先々の月面探査や火星探査でどのような役割を担えるかが決まってくる。

 日本の場合、貢献のポイントは3つ。生命維持(環境制御)と電子機器、そして物資補給だという。

「日本はもともと空調システムなどの環境制御系技術が得意ですし、2008~2009年にISSに建設した実験棟『きぼう』でも、温度調整や空気循環といった生命維持技術を実証しています。また、日本製のカメラやバッテリーも定評があるので、事前交渉の段階ではありますが、NASAとESAからこの2つは日本に分担して欲しいと言われている」 

 そしてもう1つ、日本が誇るのは補給機である。ゲートウェイが完成した暁には、定期的に物資を補給する必要が出てくるが、そこでモノを言うのがISSでの実績。

 現在、ISSの補給を担っているのは日本の「こうのとり」、米国の民間企業が手掛ける「シグナス」と「ドラゴン」、そしてロシアの「プログレス」で、

「米国やロシアの補給機は遅れることが日常茶飯事。しかも、それぞれ1~2度、失敗しています。その点、『こうのとり』は過去7回とも成功し、定刻通りに到着している。『こうのとり』と『ドラゴン』は、宇宙飛行士がISSのロボットアームを使って手動でドッキングするので、彼らにとってちょうどいいタイミングで到着しなければなりません。ちょうど彼らが目覚めた頃に接近していて、昼過ぎにドッキングするスケジュールになっていて、時間厳守。『こうのとり』はその通りにやってくるので、国際的に非常に信頼されている」

「運命的なものを感じています」

 実は佐々木センター長は、開発段階から「こうのとり」に携わった立役者の1人でもある。1987年にJAXAの前身「宇宙開発事業団」に入社し、1998年に発足した「こうのとり」のプロジェクトチームに配属。以来、試行錯誤を重ねること十余年、2009年に1号機の補給が成功した際は、現場の責任者であるファンクションマネージャーを務めていた。

 その後、経営企画部次長、宇宙科学研究所(ISAS/JAXAの宇宙科学部門)の科学推進部部長を経て昨年7月、センターの発足とともにトップに抜擢された。

「このセンターの役割は、簡単に言えば司令塔機能です。ゲートウェイや月面・火星に向けた国際宇宙探査を進めていくためには、JAXAの有人技術部門はもちろんのこと、ISASの協力が欠かせません。それぞれいろいろな技術を持っているので、どちらか一方に偏るのではなく、両方がうまく活躍できるように調整する必要がある。また、国際的な調整や民間企業との協力も重要になってきます。私はたまたま『こうのとり』でJAXAの有人技術部門に関わり、経営企画部で全体的な政策の動向を知ったうえでISASに3年間おりましたので、国際探査をめぐる状況はだいたい把握していましたし、技術的なこともある程度は理解できる。運命的なものを感じています」

 今後は個々の研究は各部門に任せつつ、ゲートウェイの正式参加が決まれば、ミッション全体の統括を担うという。

「日本は現在、ISSの運用に年間350億円から400億円ほどの予算を充てています。まずは、この一部をゲートウェイに回せば、宇宙飛行士を送ることができます。これからISSの運用を民間企業に任せるなどしながら、JAXAは徐々にISSからゲートウェイに活動をシフトさせていく方向で調整を進める予定です」

想像もつかないような何か

 再び人類が月に足を踏み入れる日はそう遠くない。誰かが火星で「大きな飛躍」を遂げる日も、間違いなく来るだろう。

 今後の宇宙探査に、佐々木センター長は何を期待するのか。

「探査の究極の目標は、活動領域の拡大ですよね。海にいた者が地上に上がったのと同じように、地球にいた者が他の天体に行くのは本能であり、運命でもある。そのとっかかりが月なのではないかなと思っています。月では水の発見が期待されていますし、火星探査が実現したら、生命を見つけられるかが大きなテーマになる」

 と目を輝かせて、こう続ける。

「でも、予想もつかないようなことが見つかるのが探査の醍醐味。以前は誰も月に水があるなんて考えてもいなかったのに、今ではどうも水がありそうだという話になっている。同じように、いまの段階では想像もつかないような何かが見つかることを期待しています」 

 地球や生命の成り立ちという「過去」の発見と、人類の新たな居住地という「未来」の発見が重なる、ある意味で「時空」を超えた宇宙への旅がはじまった。

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Foresight 2019年1月5日掲載

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