憧れの「田舎暮らし」なんて真っ赤な嘘 女性が直面する“移住地獄”とは

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人間関係が厳しくとも離婚しない“地元嫁”

 五町田貞子さんが言う。「とにかく、生活費は高くつきますよ。集落の人間関係をうまくやろうとすればするほど、やっぱり最後はカネの話に行きつくんです」

 人間関係を円滑にしようと思えば、カネが必要――どういうことだろうか?

「人口が少なくて世帯数も少ない集落では、皆が助け合って和気あいあいとやっているのではないか、という印象を外からは持ちがちですが、とんでもないんです。むしろ、狭い土地ほど隣人同士のいがみ合いさえあって、それが表面化したときは凄いですよ。私がいた集落はもう、村長派と反村長派で二分していて、道路をはさんで、やれこっちに住んでいる者は村長の親戚が経営するガソリンスタンドから灯油を買わなければだめだとか」

 しかし、灯油もガソリンも、値段表示さえないというのだ。そのため、極めて高くつくこともあるという。

「30キロ近く離れたホームセンターに灯油缶を持っていって買ってきたほうが安いくらいですから。でも、それを見られると突きあげられるので、夜中、近所の人が寝静まった頃にこっそり、電気を消したまま家のなかからホースを延ばして外の灯油タンクに移すんです。バカバカしくなりますよ」

 隣人監視の目が厳しいのは、生活物資の調達や購買先すべてに及ぶ。

「遠くのイオンモールのショッピングバッグを家に運び込んでいるのが目につこうものなら、わざわざ自宅の戸を叩いてまで、『生活用品は農協の店で買え』ですからね。というのも、農協の店が商売にならなくなったら自分たちが生活できなくなってしまうからです。もちろん事情はわかりますが、イオンで90円のものが過疎地の農協直営店では150円ですからね。そもそも地方に移住してきている段階で、都会での会社勤めよりも収入そのものが減っていますから。そこに生活コストだけが倍になったら、やっていけませんよ」

 都会暮らしでは、まず体験できないような出費もかさむという。

「これは盲点ですが、地方の不動産物件は、公営住宅であれ、古民家であれ、和室が極端に多いんです。入居するときには『ああ、い草の上に寝っ転がったら気持ちいいじゃない』と気になりませんが、退出のときに必ず畳の“表替え”ってやりますよね。汚れた畳の表面を取り替えるものですが、和室が多いってことは、畳の表替えの枚数が多いってことなんです。田舎は畳屋も競争がありませんから、これがバカ高いんですよ。1枚8千円くらいから取りますから。10畳の部屋が2つもある古民家ならば、退出のときの表替えの費用だけで16万円です。家賃が安いので、表替えだけで軽く敷金はすべて飛びますから要注意です」

 役場や不動産業者は、敷金をはるかに凌ぐ退出コストがかかることなど、まず教えてくれない。

「カネを落としてもらうべき、飛んで火に入る夏の虫に、わざわざ不都合な話を教えてはくれませんからね」

 とはいえ、集落は意外にも、若い住人が少なくない。彼ら彼女らはみな、都会での教育を終えると、実家に戻ってきているのだ。何かと生活コストがかかり、人間関係が難しい土地であっても、昨今は過疎地でさえ都会人が想像するほど『若年層が皆無』ということはない。むしろ、地元出身の若い夫婦のUターンが盛んでさえある。そこには“事情”がある。

「行政や雇用促進の団体は盛んに施策効果を謳っていますが、実感としてはちょっと違いますね。地元出身者らが戻ってくるのは、決してそこが住みやすいから、懐かしいからではなくて、経済的な事情が大きいのではないでしょうか。詰まるところ、親が子供を呼び寄せ、居着かせるために、惜しまずにカネを出すからです」

 集落に戻ってきた子供たちは、実家の敷地内に新築のマイホームを建ててもらえるのだ。もちろん、土地は親のものなのでタダ、自宅の建設費もタダ。

「クルマは新車を次々に乗り換えて、そのクルマだって地方では家族の数だけ必要ですから、親が出している例はいくらでもありますよ。つまり、都会では働いても働いても賃金が上がらないワーキングプアなどと言われている現代では、子供たちも親元に戻ってきたほうが生活が楽なんですよ。むしろ、親元に戻ってこないと生活がままならない時代でもあるんですね」

 若衆が集まれば、こんな会話が交されるという。

「『もう、都会に出て行く』って言ったらよ、『クルマ買ってやるから』って言うじゃんよ。農協行ってすぐにカネおろして来ちゃってクルマ買ってもらっちゃったから、まだしばらくは出ていけんじゃんね」

 親のほうも、あの手この手で必死の引き留め工作だ。だが、病院通いに限らず、いざというとき手となり足となる我が子をそばに置いておくためと思えば、マイホーム代やクルマ代など安いものだろう。老人ホームに入るためのお金を子供に投資するようなものである。

 あるときその地方に、東京で人気の「いきなり!ステーキ」の店舗ができた。そこには、年老いた父母に中年の息子か娘といった組み合わせが、平日でも開店と同時に溢れていたという。さすがに“柔らかいステーキ”という評判でも、見ているだけで心配してしまうほど高齢の老父母は、我が子が「ステーキ食いたい」と言えば、財布を持ってどこまででも付いていくのだ。子供の心を引き留めたい一心なのだろう。

 だからこそ、人間関係がどんなに難しくとも、嫁は自宅の敷地内で夫の親と半ば同居し、どんなに精神的に不便があっても絶対に出て行かないという。

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