マスコミはなぜ”弱い者いじめ”に加担するのか?「メディアスクラム」恐怖の実態

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 企業の不祥事、政治家の醜聞、芸能人の熱愛騒動、「時の人」の動静……すべてが消費の対象となる「ネタ」に過ぎないのが情報社会の宿命だ。世間の反応がメディアの肩を押し、報道がひとり歩きを始め、ターゲットになったら最後、世間が飽きるまで追いかける……。いわゆる「メディアスクラム」だ。

 福岡県の小学校に教員として務めていた川上譲さん(仮名、事件当時46歳)も、壮絶な体験をした被害者だ。その発端は、受け持ちの児童の保護者との会話のなかで、何気なく口にした一言だった。

「アメリカの方と血が混ざっているから、裕二君(仮名)はハーフ的な顔立ちをしているんですね」

 児童の母親が「私の祖父がアメリカ人」だというのに答えての、他愛もない会話……だったはずなのだが、その後に朝日新聞が〈小4の母『曾祖父は米国人』 教諭、直後からいじめ〉と報じ、恐怖の「メディアスクラム」が始まる。

 記事はこう続く。〈児童の親は、家庭訪問の際、教諭に、母親の曾祖父が米国人であることを話したのを境に態度が変わったとしており、差別意識が背景にあると主張〉ーー川上さんには児童をいじめた記憶も事実もないし、ましてや彼をよく知る人間によれば、人種差別意識など持ちようもない大人しい人柄なのだが、西日本新聞、読売新聞、毎日新聞、地元テレビ局や週刊誌が次々と後追い報道を行った。

〈男児の両親は「息子は『死ね』と言われ、飛び降り自殺までしかけたことも分かった」として刑事告訴も辞さない構え〉(西日本新聞)
〈「死に方教えたろうか」と教え子を恫喝(どうかつ)した史上最悪の「殺人教師」〉(週刊文春)

 これらの報道を受け、川上さんは研修センター通いをさせられた上、教育委員会から停職6カ月の処分を受ける。それは川上さんにとって、事実上の退職勧告とも言えるものだった。脅迫状や嫌がらせの電話も数知れずという状況が、苦境に追い打ちをかけた。

 児童の両親は川上さんに対して約1300万円の賠償を求める民事訴訟を起こすのだが、その先には思いもよらぬ展開が待ち受けていた。裁判の過程で、こうした報道がすべて児童の母親の嘘に基づいたものだったことが判明したのだ。児童にアメリカ人の祖父がいるということすら確認できなかった。この悪夢のような事件を取材し、『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』にまとめたノンフィクション・ライターの福田ますみさんはこう語る。

「私も先入観を持って現場に入ったんです。さまざまな報道を見て、『ひどい話だ』と思いながら、取材を始めました。でも、現場で話を聞くと、どうも話が違う。首をひねりながら取材を続けるうちに、それまではメディアの取材に応じてこなかった川上さん本人から、長時間話を聞くことができました。ちょうど川上さんが、校長や学校には自分を守る気がないんだ、自分の潔白は自分で証明しなければと痛感したタイミングだったんです。その意味では、わたしがメディアスクラムに加担せずにいられたのは、たまたま幸運だったからだと思っています。

 メディアは、わかりやすい構図を求めがちです。そして、その構図にあてはまる弱者には疑いの目を向けないことが多い。この事件のケースでも、疑ってかかるのはどうしても教師や学校の側になってしまいました。どうも変だと思った記者もマスコミにいなかったわけではないんですが、一度報道してしまうと、なかなか軌道修正できないんです。多少バランスのとれた冷静な報道に変化する社もありましたが、論調をがらっと変えるのはなかなか難しいようです」

 残念ながら、こうしたメディアスクラムは、誰の身にも起きうるのが実情だ。先の事件では、川上さんは10年にわたる裁判の結果、停職が取り消される幸運に恵まれたが、10年という時間はあまりに長い。件の記事を書いた記者たちも、裁判の経過などには無関心だった。

 自分の身は自分で守るしかないのだろうか。いや、報道を鵜呑みにしないことで、わたしたち「世間」の側がネタとして消費するのではなく、守れる人もいるはずだと信じたいものである。

デイリー新潮編集部

2018年12月28日掲載

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