イラストで解説! 毎日5分の「呼吸筋ストレッチ」で“生きやすい人生”を
人生の成功につきもの
(2)~(9)は文字通りなので割愛しますが、一つだけ(7)(日本語の名文を音読)について付言しておきます。源平合戦の能「屋島」の最後の場面には、戦いが終わって夜が明けてくる、その緊張感が手に取るように伝わってくる箇所があります。
〈春の夜の 波より明けて 敵(かたき)と見えしはむれゐる鴎(かもめ) 鬨(とき)の声と聞こえしは 浦風なりけり高松の 浦風なりけり高松の 朝嵐(あさあらし)とぞなりにける〉
非常に心地良いリズムです。英語でやっても意味がないんですよね。
(10)と(11)(呼吸筋ストレッチ+ウォーキング、呼吸筋ストレッチ+階段昇降)については、“合わせ技”とあるように、ウォーキングや階段の昇り降りの前に、呼吸筋ストレッチを行なうということです。特に、呼吸筋ストレッチをしてからウォーキングをするとぐっと楽に感じられるでしょう。この効果はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さんを対象とした研究でも、「息苦しさが和らぎ、歩ける距離が伸びた」と証明されています。
人生の成功に「良い呼吸」はつきもので、アスリートならずとも大事な瞬間の前には呼吸をしっかり整えているものです。呼吸には「不安定な自分」を「いつも通りの自分」に戻す働きがあり、そういった呼吸の力を日本人は経験的によく知っていたのではないでしょうか。例えば、織田信長は勝負所でいつも、能の「幸若舞(こうわかまい)」を舞っていました。
〈人間五十年、下天(げてん)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり〉
本能寺の変で舞ったかは定かではありませんが、桶狭間の戦い前夜に舞い謡ったことは『信長(しんちょう)公記』に記されています。
去年、私はNHK「歴史秘話ヒストリア」の信長特集に出演しました。たった2千の兵力で今川義元率いる4万の軍勢を破った、そのとき一体……ということですね。信長はいわば勝負曲だった幸若舞で呼吸を落ち着かせ、集中力を高めた。能楽のリズムには呼吸を深くゆったりと安定させる働きがある。そうすると不安も解消される。番組のディレクターに、「信長って一般には非常に強くて理想的な武将という印象があると思うけど、これを紹介したら、常人と変わらなくて不安ばかりの人間ってことになっちゃうよ」って言ったら、曰く「いや、それでいいですよ」と。
10年のギャップを克服
生きるというのは、「息の出し入れ」の繰り返しに行き着きます。呼吸を突き詰めようとしたのは何も信長に限りません。書道、茶道、華道、香道、剣道、柔道、空手道など、「道」のつく文化はどれも呼吸や間合いを大切にしています。
茶道や華道をはじめ、日本の伝統文化を築いてきた先人は、無駄なものを全てカットしていき、「最後に残るもの=呼吸」をうまく活かしてこその人生だとよく分かっていたのではないでしょうか。
私は20年ほど前から能を科学的に研究し、自ら「オンディーヌ」というタイトルの能を作り、パリで公演もしました。とても好評を博したものです。面(おもて)をかけ、感情を表に出すことのない能では、観ている人にそれを伝える手段は「息づかい」に限られます。感情の昂ぶりを示す場面では呼吸が激しく乱れる。息づかいだけで「生きること」を表現しようとしていることになる。この点、能は呼吸を突き詰めてきた日本人の到達点、究極の表現形態だと言えるのかもしれません。西欧のスタイルであれば態度で示すところを能は呼吸で表す。そういった「内的表象」は西欧にはない。だからとてもウケるんです。
最後に――。現代の日本では「生き苦しさ」がしばしば取り上げられますね。それはある意味で、「息苦しさ」に通じていると思います。日々のストレスに追われ、時間に追われ、忙(せわ)しない生活を送っている中で、文字通り、息苦しさや呼吸しづらいなどの不調を訴えている人も少なくありません。裏返せば、呼吸を変えて生きやすさを取り戻す必要があります。
日本人の平均寿命は女性87・26歳、男性81・09歳。ただ、健康寿命はこれよりも10歳ほど短い。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を指します。この「10年のギャップ」が意味するのは、最後の10年ほどは要介護であるとか寝たきりの状態で過ごしている人が多いということ。しかし、これまで触れてきた呼吸機能の強化トレーニングによって、このギャップを克服し、健康寿命を延ばすことができるのではないかと考えています。
「息苦しい呼吸」から「息をしやすい呼吸」へ。それが、「生き苦しい人生」から「生きやすい人生」へ繋がっていくのです。
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