ゴーン再逮捕!「特捜部」は本命「特別背任」を立証できるか
東京地検特捜部は身柄を勾留中だった日産自動車前会長のカルロス・ゴーン容疑者を、12月21日に特別背任容疑で再々逮捕した。
ゴーン容疑者は金融商品取引法違反の有価証券虚偽記載罪で12月10日に再逮捕されており、12月20日が勾留期限だった。特捜部は金商法違反での10日間の勾留延長を請求していたが、20日に裁判所がそれを却下、ゴーン容疑者が保釈申請する見通しで、21日にも拘置所から出ることが予想された。特捜部が新たな容疑でゴーン容疑者を逮捕したことにより、当面、10日間の身柄拘束がされ、再度の勾留延長申請で、年明けまでゴーン容疑者は拘置所住まいを余儀なくされる見通しとなった。
胸三寸で「活用」できる罪状
特捜部の勾留延長請求を裁判所が認めなかったのは極めて異例だ。日本では容疑を否認する容疑者に対して再逮捕を繰り返し、長期にわたって取り調べを続けることが、普通に行われている。最近では森友学園による補助金詐欺容疑で、籠池泰典夫妻が約10カ月にわたって勾留された。
裁判所が延長を認めなかった理由は明らかではないが、有価証券虚偽記載罪での再逮捕と長期勾留に無理があると判断したのだろう。ゴーン容疑者は、本来は報酬として確定していたものを記載せず、報酬を低く見せていたとして、有価証券虚偽記載罪で11月19日に腹心の前代表取締役グレッグ・ケリー容疑者と共に逮捕された。もっとも、逮捕直後から、報酬の未記載を理由に身柄を取ったことに、かなりの無理があるとの指摘が司法関係者からも出ていた。
最初の逮捕と、その後の10日間の勾留延長については、金商法違反を突破口として使うのも致し方ない、というムードもあった。ところが勾留期限の12月10日に同じ容疑で再逮捕したことには、「危うさ」が見えた。そうでなくても日本型の司法のあり方について、国際的な批判が懸念されている。虚偽記載を記載年限で分割することで「別の事件」として再逮捕し、勾留を引き延ばしたことに、海外メディアなどは批判的な論調をとっていた。勾留延長に裁判所がNOを突き付けたのも、「ある意味当然」という声が出ている。
だが、突破口として特捜部が「有価証券報告書虚偽記載罪」を使ったことが、今後に大きな禍根を残すことになりそうだ。というのも、検察の胸三寸で「活用」できる罪状ということになってしまったからである。
明白な粉飾決算では事件化せず
この罪は、文字通り有価証券報告書に嘘の記載をする罪である。一見、形式犯のように思えるが、資本市場を使って資金調達をする上場企業などが、虚偽記載で投資家を欺くことを罰する法律で、経済犯罪としては「大罪」だ。
本来は粉飾決算などを想定しており、それによって投資家が大きな損害を被ることを避けることに目的がある。虚偽記載を行った経営者のみならず、企業も上場廃止などの処分を受けることになる。投資家を裏切る行為なので、市場から強制退場させられるわけだ。
今回、ゴーン容疑者の逮捕に当たって虚偽記載罪が使われたが、当初から資本市場関係者は首をひねっていた。退職後に支払われる報酬について、実際に決まっていたとしても、その決算期に記載しなければ日産の決算に大きな影響を与えたというわけではない。法の趣旨からすれば、虚偽記載を適用するには無理がある。企業会計の一部の専門家からも、虚偽記載罪でゴーン氏を有罪とするのには無理がある、という意見が出ていた。
実際、特捜部は、有価証券虚偽記載罪を「都合よく」利用している感がぬぐえない。戦後最大の粉飾決算事件だった東芝の会計不正では、証券取引等監視委員会の佐渡賢一委員長(当時)が、明らかな粉飾決算なので監視委が刑事告発するから受理して事件化するよう繰り返し求めた。検察庁は佐渡氏の古巣である。ところが東京地検は頑なに事件化は難しいとして、歴代社長は逮捕すらされなかった。
明白な粉飾決算では社長の身柄を取ることはせず、事件化もしない。一方で、「形式犯」に近い容疑にもかかわらず、現役経営者の身柄を取り、再逮捕までする。有価証券虚偽記載罪を自分たちに都合の良いように利用しているのではないか。そんな印象を受ける。
どうやら特捜部は、経済犯罪としての粉飾決算にはほとんど関心がないようだ。だからこそ、資本市場にとっては重要な法律である有価証券虚偽記載罪を、「形式犯」として事件の突破口に使ったのだろう。だが、こうして検察による「解釈の幅」が広がることで、今後ますます有価証券虚偽記載罪の適用は恣意的なものになっていくという懸念が強まる。大会社ならば粉飾決算しても検察は目をつぶる、そんな風潮が広がりかねないのだ。
あたかも虚偽記載が「形式犯」で「微罪」であるというムードが広がるのではないか、と気懸りだ。政治資金収支報告書は、繰り返されてきた政治とカネの問題に終止符を打つために導入されたが、しばしば「違反」が表面化する。決まって政治家は「記載ミス」で「修正した」と頭を下げるだけで問題は過ぎ去っていく。
東芝が不正会計問題を「粉飾」とは最後まで認めず、「不適切会計」という言葉を使い続けたのも、これと共通する。決算数字を操作する粉飾決算を、「ちょっとした間違いで不適切でした」ということで終わらせることにつながりかねない。
そういう意味では、裁判所が虚偽記載での勾留延長を認めなかったことで、東京地検が「本丸」とみられる特別背任容疑での再逮捕に踏み切ったことは、重要な一歩だろう。
とてつもなく大きな代償
だが、ここからも正念場が続く。虚偽記載という「形式犯」の立証は簡単だが、特別背任となると、会社に「意図的に」損害を与えたことを立証しなければならない。
特別背任での逮捕後の報道をみていると、『朝日新聞』が11月27日付朝刊1面でスクープした「疑惑」が、どうやら逮捕容疑となっている模様だ。リーマン・ショックでゴーン容疑者が私的に被った投資損失約18億5000万円を日産に付け替えたという内容で、取引を行った銀行が金融庁から繰り返し指摘を受けていた、というものだ。
だが、その後の別の報道においては、金融庁の指摘を受けて、実際には付け替えは実行されていなかった、という見方が出ているなど、本当にこれで特別背任を立証できるのか分からない。この不正は10年前で、本来ならば公訴時効の7年を過ぎているが、ゴーン容疑者の場合、国外にいる時間が長く、時効は成立していないのではないか。
付け替えが実際に行われていれば、特別背任は十分に成り立つ。おそらく、ゴーン容疑者本人が否定しても、ゴーン容疑者の「意図」を示す証言や物証は出てくるだろう。司法取引もあって会社側が全面協力しているわけだから、立証は難しくないはずだ。
だが、再逮捕での長期勾留に特捜部がこだわっていたところをみると、そうすんなり決着する問題ではなさそうだ。仮に、損失付け替えが立証できないとすると、その他に報道されている日産によるゴーン親族への報酬支払や海外住居の購入などだけでは、特別背任とするには「弱い」と思われる。
世界的な著名経営者を逮捕して長期勾留したうえで、世界が納得する罪で立件することができなかったとしたら、東京地検特捜部、いや日本の司法制度そのものが世界から嘲笑されることになる。それを機に日本の検察や司法制度が先進国並みに進化すればよい、と語る識者もいるが、そのためにはとてつもなく大きな代償を払うことになる。