最もホットな街“足立区”に憧れる日本人の特徴 キーワードは“無法地帯”

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 東京都・足立区が今、人気コンテンツになりつつある。「月曜から夜ふかし」(日本テレビ系)では、3月、5月と2度にわたり足立区が特集され、たちまち話題に。放送後にTwitterのトレンドワード入りしたことからも、多くの関心を集めたことがうかがえる。今年に入ってからでは、『足立区のコト。』(彩流社)『なぜか惹かれる足立区 - 東京23区「最下位」からの下剋上』(ワニブックス)という2冊の“専門書”が刊行されてもいる。なぜいま、足立区がこんなにも人々を魅了するのだろうか?

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 東京23区の北部に位置する足立区は、東京23区の中で3番目に広い面積を誇り、人口は5番目に多い。お住まいの方々には失礼を承知の上で申し上げれば、昔からガラの悪い街として都民の間で知られており、その他「23区の中で最も世帯収入が低い」「ヤンキーが多い」などなど、ネガティブなイメージが強い土地だった。

 しかし今、そんな足立区への見方が変わりつつあるのだ。

「足立区は、抑圧された今の日本人にとって、憧れそのものなんだと思います」

 そう語るのは、『出没! アダチック天国』(竹書房)の著者である漫画家の吉沢緑時氏だ。同書は、吉沢氏と足立区育ちの担当編集者の取材のもと、足立区の日常風景から、おすすめグルメ、イベントまで、その魅力を描いたエッセイ漫画だ。

「テレビのバラエティ番組で取り上げられる無法地帯のような足立区を笑いつつも、『こんな土地で暮らしたら、もっと自由に生きられるのかな……』と内心思っている人は結構いるのではないでしょうか。ストレスフルに生きている今の日本人が、足立区の自由さ、奔放さを羨ましいと感じるのは無理もありません」(吉沢氏、以下同)

ヒステリックに告げ口をする日本人

 吉沢氏は、SNSが普及したいまの日本を“告げ口社会”と評す。

「SNSがなかった時代ならスルーしていたような些細なことでも、今では『こんなヤツがいた!』と言って、怒りをSNSで発散する人がいます。他人のやることや発言を気にしすぎて、ヒステリックになってしまっているんですよね。一方、足立区では周りの人のやることをいちいち気にしていたら、一日ともたないんです」

 どういうことか。

「足立区が良い意味で“無法地帯”と呼ばれる理由のひとつには、住民の独特な距離感ということもあります。つまり東京の下町人情が残る街なんです。辰沼にある『ゑびすや商店・ABS卸売りセンター』に行けば、常連客がまるで従業員かのようにあれこれ教えてくれることも珍しくありません。また路上をゆけば、鉢代わりの発泡スチロールを突き破って育つアロエをよく見かけますが、それが道路をふさぐように並べられていても、誰も気にしません。足立区でそんなこと気にしてたらキリがありませんから」

 あるときは、他人の吐瀉物を気にせず踏んづけたまま、携帯電話の会話を続ける男がいた。またあるときは、公園の鳩に延々と語りかける老人がいた。住宅街を歩けば、猫よけのために並べられたペットボトルが焼酎の「大五郎」だった……。足立区を訪れるたび、ほかの22区とは違う“自由”を吉沢氏は感じるという。

「もちろん、足立区に住んだからといって心が広くなるとかそういう話ではありません。ただ、ほかの22区が臭いものに蓋をするところ、足立区では臭いものは無視するんです。『蓋なんかしなくても、そんなのどうでもいいじゃん』的な精神が強いのでしょうね」

 吉沢氏の分析によれば、寛容さを失った日本人にとって、こうしたおおらかさが、衝撃的で眩しいものに映っている。だからこそいま、足立区がひとつのコンテンツとして求められているというのだ。

まだ開拓され尽くしていない足立区

 相当なポテンシャルを秘めているのに、足立区の魅力はまだまだ知られていない、と吉沢氏は惜しむ。

「グルメや、遊びにいけるスポットなど、足立区の良い情報はほとんど知られていないんです。恐らく、治安が悪いというイメージが先行して、情報がなかなか区外に出ていかなかったためでしょう」

 そんな氏が区外の人に強く薦めたいというのが、前述の「ゑびすや商店・ABS卸売りセンター」。“足立区のコストコ”と呼び声高い激安スーパーだ。

「ここの名物は、店の前で開かれる『競り』。お客さんがたくさん集まって、目当ての商品が出てくるたびにどんどん値段をつけていく。ときには、盛り上がりすぎて、店内で68円で売っているツナ缶を100円で競り落とすなんて場面もあったりするので、見ているだけでも面白いですよ」

 また、足立区のソウルフードと名高いのが「文化フライ」である。練った小麦粉をワラジ形にし、パン粉をまぶして揚げたものに、ソースをたっぷりつけて食べる昔ながらのおやつだ。小麦粉にはガムシロップなどを入れるというが、発祥の店である西新井大師の露店はいまは無い。伝統的なレシピが受け継がれることがなかったため、本物の味は絶滅してしまったとされている。

「唯一、北千住の『宏月(こうげつ)』というお店が、本物の文化フライの味を見事に再現しているといわれていますが、ここでもレシピは門外不出です。食べても材料が何かわからないんですが、それを当てるためにいろいろ想像するのもまた楽しいんです」

 他にも、毎年恒例の足立の花火大会では、半裸で窓から身を乗り出す老人や、屋根に座ってお酒を飲む夫婦など、昔のホームドラマ(?)のような光景も当たり前に見ることができる。たとえば、これが港区だったらどうだろうか。住宅街の窓から半裸で乗り出そうものなら、たちまちご近所中の笑いものだし、通報もされかねない。足立区だからこそ、許されるのだ。

 もちろん、ここで紹介したのはあくまで吉沢氏自身が体感した足立区の素顔。とはいえ「実際に足を運んでいただければ、お伝えしたかったことはきっと分かってもらえるはず」と吉沢氏は自信満々だ。

「私は足立区のことを良い意味で“海外”のようだと思っています。日本であって、日本でない場所。よく若者たちは自分探しにインドに行きたがりますが、そんな遠くに行く必要はない。足立区に行けばいいと本気で思っています。ガンジス川じゃなくて荒川を見に行ってほしいんです。その空気に触れれば、告げ口社会でヒステリックになった心も穏やかになると思います」

 足立区=治安の悪い街というイメージは、すでに時代遅れ。足立区は、東京都民にとっての“癒やしのスポット”といわれる日も、そう遠くはなさそうだ。

取材・文/島野美穂(清談社)

週刊新潮WEB取材班

2018年12月17日掲載

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