執筆37年でついに完結! 宮本輝『流転の海』を私はこう読んだ
逃れられない宿命があっても――押切もえ(モデル)
これから読む人は、登場人物が迎える人生の終わりに着目してみると、面白いかもしれません。みんな予想を超える結末を迎えますが、すべて納得もいく。登場人物が多い長編ですから、いろんな人生を、じっくりと見つめることができます。
戦後、時代の移り変わりと軌を一にして、人間も急速に変化していく。過去の物語なのに、そのすさまじい時代を生きた人のたくましさ、人生の岐路での選択から、得るものがたくさんあります。私自身、逃れられない宿命があっても、結局は受け止める自分次第なんだと学びました。
時は猛烈な速さで流れ、様々な思いを持つ人が交わり、すべてが流転するこの世。それは激しくも荒々しくもある海のようだけれど、いつでも熊吾が教えてくれた強い愛と情熱、房江が見せてくれた他者への思いやり、柳のような強さとたおやかさを持っていたい。そうすればどんな荒波に揉まれようと、いつかは穏やかで豊かな波間に顔を上げることができるのだと思いました。
非常に優れた経済小説でもある――柳川範之(経済学者、東京大学教授委)
ついに完結してしまった。これほど豊潤な物語をもう読めなくなると思うと、少し寂しくもあり、最終巻はゆっくり時間をかけて味わった。なんといっても、父親がモデルの松坂熊吾の魅力が圧倒的。聖人として描かれているわけではなし、言ってみれば没落していく過程でもあるのだが、この雄々しさ、凛々しさは何だろう。著者の深い愛情を感じる。巻が進むにしたがって、主人公を描く視点が、より慈愛に満ちたものになっていく気がするのは、著者の年齢が熊吾のそれに近づいたと知っている読者の錯覚だろうか。
非常に優れた経済小説でもある。戦後から高度成長にかけての、特に大阪を中心とした経済実態の変化が、極めてビビッドに語られる。フィクションだということを承知で書けば、なるほどこれが、宮本輝文学の原点かと思わせるところも随所にみられる。
息子伸仁が、37年かけてこれほど魅力的な大作を書き上げた。真に松坂熊吾は偉大であったといえよう。
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