執筆37年でついに完結! 宮本輝『流転の海』を私はこう読んだ

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 執筆開始から37年の時を経て、ついに完結した物語がある。宮本輝さんの自伝的大河小説『流転の海』。その最終巻、第9部『野の春』がこのたび刊行された。初巻から数えて9冊にも及ぶ大作に魅せられた各界の7人は、どう読んだのか。独自の視点でその世界を語る。

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 累計230万部のベストセラーである大河小説『流転の海』は、巻を重ねる毎に幸福とはなにか、命とはなにかという問いを、我々に投げかけてきたといえよう。

 物語の主人公は、作者の父をモデルにした豪胆で情に厚い松坂熊吾。明治生まれで戦前から実業家として名を馳せた彼は、大阪にある茶屋を切り盛りする房江と結婚し、昭和22年にひとり息子の伸仁を授かった。

 だが、あの頃を生きる誰もが皆そうであったように、一家3人は時代の荒波に容赦なくのみ込まれる。終戦直後の大阪の闇市、熊吾の故郷である四国、再起を賭けた地・北陸へと、一家は流転を重ねていく。

 GHQによる占領から朝鮮特需、自由民主党の結党、皇太子のご成婚、東京五輪の開催などの社会情勢も活写され、昭和の世相を追体験できるのも作品の魅力のひとつ。上梓されたばかりの最終巻『野の春』では、昭和42年に伸仁が20歳を迎えるのを見届けた、熊吾の最期が明らかになるのだ。

 それを知る楽しみはとっておくとして、ここではいち早く全9部作を読み終えた各界の7人、宮本作品を愛してやまない人々の声に耳を澄ませてみたい。きっと最終巻をより深く、楽しめること受けあいである。

宮本輝さんと同い年、同時代を生きて――木瀬照雄(TOTO株式会社 特別顧問)

 私は宮本輝さんと同い年で、同時代を生きてきました。学生時代や大阪支社長時代には関西に住んでいて、小説を読むと物語の舞台となった場所がありありと写真のように目に浮かび、作者の観察眼に驚きました。

 最終巻で描かれたのは昭和42年の日本。その後の50年を、私たちは生きてきました。21世紀に入って物事のスピードが速くなり、人々はどこか殺伐としていった。どんどん発展していく裏返しで、人と助け合う気持ちが薄れたようにも感じています。豊かさゆえ、一人でも生きることが可能になったからでしょう。

 平成が終わろうとしている今、正義に対する矜持や、互いに助け合う人間の思いやり、熊吾が示してくれたしみじみとした日本的な優しさを、この物語が次の時代へと繋いでいってくれるのではないでしょうか。

「戦後の長男」である私と同年代の方々には勿論、若い人たちにこそ読んでほしい。彼らが50、60となった時、作品に描かれる人間のあたたかさが、この国に活かされていてほしいのです。

人を大切にしたくなる物語――東尾理子(プロゴルファー)

 連載が始まってから37年も経っていたんですね。宮本輝さんは最も好きな作家ですが、私が『流転の海』に出逢ったのは10年ほど前のこと。日本からアメリカツアーに向かう飛行機に持ち込み、帰国するまでに第1部から第5部までを一気読みしてしまいました。あまりにのめり込んだので、続きが出ないのが本当にじれったくて、もどかしかったことを覚えています。

 時に熊吾は、房江に対して破天荒な振る舞いをしますが、どこか憎めない男気を感じる。私の周りにも現代版の熊吾がいるような気もしますが、そういう人って奥さんがいるからこそ型破りでいられるんですよね。

 それこそ以前は、熊吾に自分の父を重ね合わせるように読んでいましたが、今は私が母となったので、房江に感情移入をしてしまう。きっと数年後にページをめくったら、また違う人物の視点から楽しめる作品です。

 今や隣近所のこともよく分からない時代になってしまいましたが、人を大切にしたい、もっと人とつながりたい。読んだ後、そんな気持ちが湧いてきます。

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