「右斜め45度」から切り取る世界情勢
痛快でありながら奥行きを感じさせるユーモアたっぷりの分析。「右斜め45度」からの独特の語り口が、ただの「元外交官」には収まらない宮家邦彦氏の特長だ。
東京大学法学部卒業後、外務省に入省し、在中国大使館公使や在イラク大使館公使を経て2005年に退官。以来、評論家として活動し、著書多数。現在はキヤノングローバル戦略研究所の研究主幹を務めている。
今年9月に刊行された『AI時代の新・地政学』(新潮新書)は、まさに「宮家節」が詰まった1冊だ。『週刊新潮』の連載コラム「新聞 ネットじゃわからない国際問題 鳥の目 虫の目 魚の目」(2015年末~2018年4月/全115回)から厳選した64編を再編集した本書は、時事ネタを追いつつも、普遍的な視点で世界を捉えている。
本書に込められた意図やエッセンスについて聞いた。
――内容が多岐にわたる64編を「AI」というテーマでまとめようと考えたのは、なぜでしょうか。
AI(人工知能)が技術業界や経済紙などで注目されていることは、みなさんご承知の通りですが、日本と世界とではAIに対するスタンスがまったく違うと前々から感じていました。何が違うかと言うと、世界では新しい技術が出てくると、商業的のみならず軍事的、もしくは政治的に応用するのが当たり前です。一方、日本では、私がAI関連の複数の専門家に直接話を聞いた限り、政治的応用、軍事的応用という発想が決定的に欠けていた。
AI技術を事業なり会社の生産性の向上なりに繋げたいと考えている人たちと、AIが人間を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が来るのか来ないのか、来るなら時期はいつになるのかといった文明論的な関心を持っている人たちはいても、これをどうやって軍事に応用するか、あるいは世界が軍事に応用してAI兵器ができた時にどのようにしてAIで対抗するか、という議論がまったくなかった。
そのことがずっと頭の片隅に残っていて、そろそろ連載を新書にしないかというお話をいただいた時に、AIをテーマに最後の10回を書こうと考えました。それが本書の第1章になっているわけですが、連載では1番最後に当たります。
とにもかくにもここで書きたかったのは、いかに日本のAIに対する関心が偏っているかということでした。
――かねて宮家さんは「国家戦略」を「正しい脅威認識と、その対処に必要な軍事同盟の円滑な運用」と見做してきましたが、この関心の偏りは、まさに「戦略のなさ」を物語っているように思えます。
日本では戦後、私が「戦後空想的平和主義」と呼んでいる状態がずっと続いています。カギ括弧つきの「平和国家」、それも「戦争放棄」の放棄にもカギ括弧がついてしまう、「戦争『放棄』」の「平和国家」です。
そもそも戦争をしないということになると、要らなくなるものがたくさんあります。「核」を含めて危ない兵器は持ちません、兵器の開発もしません、新しい技術の軍事応用もしてはいけません、我々には平和憲法があるのだから、これで平和を守るのだ、というわけです。
従って、本格的なインテリジェンス、つまり諜報活動もできません。諜報活動で最も大事なことは、敵がいつ何時、どこから攻めてくるのかということ。その可能性があるからこそ諜報が必要になってくるわけですが、日本は極言をすれば敵は攻めてこないという「空想」に拠っている。万一、敵が攻めてきたとしても、最小限の防衛力で対処するということなので、いわば戦争の準備であるインテリジェンスなんてとんでもない、要らないということになる。
学術界でも、さまざまな技術の軍事利用はおろか軍事に関する研究自体が事実上、禁止されている異常事態が続いている。残念ですが、正直なところ、このままではこの国に将来はないと感じます。
――AIと並んで本書のエッセンスとなっているのが「地政学」ですが、宮家さんにとって地政学とは?
「地政学」と言うと何だかおどろおどろしいもの、特別な人だけが分かっている特別な方程式、万能のものというイメージがあるかもしれません。あるいは、この言葉を使う人が何でも分かっているかのような錯覚を抱いてしまう人もいるでしょう。
しかし、万能の方程式などあるわけがありません。地政学は地理の「地」と政治の「政」が合わさった名前の通り、地理的な概念を念頭に置きながら政治を語ることを言います。ですから、一種の政治学であり、手法であり、これによって何かユニバーサルな結論が出るわけではない。残念ながら、地政学はそれほど便利なものではありません。
ある国の地理、具体的に言えば山、川、海、島ですが、そういった地理的な要素がその国の歴史的な安全保障上の脅威や優位性にどのような影響を及ぼしてきたかを考え、どこが最も脆弱で、どこが最も強固かということを研究する中で、歴史から得たヒントが将来を予測することに繋がるかもしれない、というだけのこと。大した話ではないのです。
「地政学リスク」などという言葉が広まったために混乱が生じてしまいましたが、この言葉を最初に使ったのはアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)だったと記憶しています。つまり、地政学のことをまるで分かっていない人たちが使い始めた、よく分からない言葉なのです。よく“地政学をやっている宮家なら意味が分かるだろう?”と聞かれますが、私にも分かりませんし、分からないというのが正解。
この言葉を使っている人が何を表しているのか分かっているなら、別の言葉で表せるはずですが、おそらく使っている方もよく分かっていないのだろうと思います。というわけで、少なくとも私は「地政学リスク」という言葉は使いません。
――連載期間中に起きた最も衝撃的な「国際問題」は、ドナルド・トランプ米大統領の誕生だと思います。宮家さんは本書で、世界を席捲している不健全な大衆迎合的ナショナリズムの台頭を「ダークサイドの覚醒」と名付け、いまの時代を読み解いていますが、直近の「ダークサイド」の動きをどう見ていますか。
1番ショックなのはドイツのアンゲラ・メルケル首相の退陣が視野に入ってきたことですよね。
今回の地方議会選挙で与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU・CSU)が大敗したことは、必ずしも「ダークサイドの覚醒」には直結しません。与党の代わりに躍進したのは、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)ではなく、中道左派の「緑の党」だったので、この結果を以って「ダークサイドがドイツを掌握した」とは言えない。
しかし、一昨年のイギリスの「BREXIT」(EU離脱)にはじまり、アメリカの「トランプ現象」、フランスの「マリーヌ・ルペン旋風」、オランダの極右政党「自由党」の躍進と、私が「ダークサイド」と呼んでいるポピュリズムやナショナリズム、破壊願望や人種差別、排外主義といった主義主張が欧米を席捲していることは確かで、その状況は当分、元に戻りそうにありません。
メルケル首相が退陣すれば、ドイツは不安定化し、この種の主義主張の人たちにとっては付け入るチャンスが増える。そういう意味では、まだまだ「ダークサイドの覚醒」ははじまったばかりだと私は思います。
――11月6日投開票の米中間選挙の結果と「ダークサイド」の連動性は?
世界を席捲していると言っても、「ダークサイド」はまだマジョリティではありません。それはトランプ大統領とて同じで、あれほど不健全な政策をマジョリティが支持するとは思えないし、実際に彼の支持率は決して50%を超えません。それが救いではありますが、地域によっては3~4割の支持率があり、残りの6~7割が一致団結すればトランプに勝てるけれど、分裂していればトランプが相対的に1位になるという構図が続いている。
共和党が下院で敗北した今回の中間選挙では、その一致団結が成功したということでしょう。ただ、それで「ダークサイド」が退潮しはじめるとは思いません。
「ダークサイド」の1つであるポピュリズムは、当然ながら民主主義の一環です。従ってポピュリズムを否定すると、民主主義そのものを否定することになるので、それはできない。その意味では、「ダークサイド」も民主主義に拠っているわけです。
ということは、「ダークサイド」はそんなに簡単になくなるものではないし、この選挙結果を受けて「新しい時代の幕開けになりそうだ」、あるいは「今までの『ダークサイド』の台頭に終わりがきた」という言い方ができるとはとても思えません。
この流れは今後10~20年は続くのでしょう。そして、健全な社会と不健全な社会に分かれ、不健全な社会ではポピュリズムやナショナリズムの方が強くなり、極右の政党が政権を握ることになるのでしょう。
すでにハンガリーやポーランドで起きていることですが、これがドイツやフランス、イタリア、スペインといったヨーロッパの主要国にまで広がるとなると、インパクトは比べ物になりません。これらの国々では過去に同じようなことが起きていたわけですから。
トランプ政権について言えば、アメリカの民主主義がきちんと機能すれば、いずれバランス感覚が働くはずです。しかし、そうならなかった場合には、つまりトランプ政権がもう1期続くようなことになれば、アメリカの民主主義が戻ってくる日はその先になる。
今回、共和党が下院で負けたことで、アメリカ民主主義のバランス感覚がある程度は機能したと見るべきですが、中間選挙で大統領の政党が敗北したからと言って、再選の目がなくなったという単純な話でもないので、そこは割り引いて考える必要がある。まだまだ予断を許さない状況だと思います。
――そもそも多くの人が大統領選の結果を読み間違えたわけですからね。
良きにつけ悪しきにつけ、トランプ大統領のやり方は革命的ですよね。普通ならアメリカの大統領は、アメリカの夢を語り、理想を語りますよね。人種、宗教、性別にかかわらず、平等に政治が行われているというアメリカのいい意味での建前を具現化するリーダーとして、自由民主、平等、人権というアメリカの「価値」を語りますよね。
でもトランプ大統領は、これをすべて否定している。バラク・オバマ前米大統領がやったことを否定しようとする姿勢には多分に人種差別的なものを感じるわけですが、彼はそれに留まらず、アメリカのリーダーシップやアメリカの価値、マイノリティへの配慮といったワシントンの連中がいままで当然だと思っていたことをことごとく否定している。
さらに、大統領自らがソーシャルメディアを使って情報を発信し、それが政府にフォローされていない。しかも、ウソばかり言っていると誰もが分かっているのに、それが通ってしまう。プロパガンダと言うかデマゴーグが機能をして、一定以上の票と支持が得られている。
これは私に言わせれば革命です。手法においても、内容においても。恐ろしいことだと思いますが、価値の転換が起きている。「非エリート」の「エリート政治」に対する反発。この「革命」が成功すれば、アメリカが戦後に積み重ねてきた価値なりシステムなりは根っこから壊れていきます。
大統領選では、多くの人が過小評価をして読み間違えました。あれから2年が経ち、だんだん彼のやり方が分かってきた。この革命的なキャンペーンの行方も予断を許しません。
――「毎週締め切り」が2年以上続いた「連載生活」で一番苦労したことは?
それはやっぱりネタですよね。1番いいのは、誰も知らないような、誰も考えついたことのないような話を見つけることですが、そんなネタは115回のうち1つか2つあったかどうか。となると、いま起きている事象を再解釈、再分析するしかないわけですが、物事を真正面から見て、真正面から光を当てても、誰もが見ているのと同じ「絵」になるだけで、それを書いても仕方がありません。
基本的に私のやり方は、ある事象を左右から斜め45度に、多くの場合は右斜め45度に光を当て、その結果、生まれた影を丹念に拾っていくこと。そうすることで、他と視点を変えています。でも斜め45度に見るにしても、何を見ようか、影の濃淡が最も出るようなネタは何だろうかと探しているうちに、1週間が経ってしまう。できればこの連載は時事的なものではなく、ユニバーサルなものにしたかったのですが、実際は時事ネタに振り回された部分がありました。その時々は、旬なものなので読んでいて面白いですが、あまり保存がきかないものも多かったと思います。本書では省いてありますが。
この64編は私自身で選びました。担当編集者にも一案をくださいと頼んでいたのですが、ある日突然閃きまして、一気に書き記した章立てとコラムの割り振りを担当編集者に送ったら、これでいきましょう、と。その後は彼が調整をしてうまく形にしてくれました。
とにかく連載を続けられたことが何よりです。最初の頃は、だんだんネタがなくなってきても穴をあけるわけにいかないし、かと言ってクオリティーが下がっても困るしで、何時まで続くのかなと冷や冷やでした。そのうち100回を超えたあたりから何だかルーティーンになってきて、慣れたと思ったら「もうすぐ終わりです」と告げられて、「えーっ!」と。そのくらい日々の生活の一部になりました。
――読者に1番伝えたいことは?
本書の表題にもあるように、AIの重要性はもちろん伝えたいことではあります。
ただ、どちらかと言うと、私はこうやって生きています、こうやって物事を見て、こうやって判断しています、というのをかなり書き込んでいるつもりなので、常に斜めに見る、別の角度から光を当ててみるという私の発想が分かってもらえたら嬉しい。ありきたりではないものになっていたらいいなと思います。