「記憶」は未来をつくる「原動力」:建築家・田根剛インタビュー(下)
田根剛氏は、「エストニア国立博物館」の完成をもって、考古学的リサーチが規模を問わず建築の提案につながることを確信した。今はどのプロジェクトも、これ抜きには進められないという。
「ものの意味を深めないと、デザインが個人の想いに寄ってしまう。建築は抽象概念であり、時代を超えた産物でもあると思うので、人類の膨大な歴史を俯瞰して、その中で自分は今、何ができるかとチャレンジすることに意義を見いだしています」
建築の力を引き出す人の想い
リサーチから設計案の完成まではどのような流れなのか。与えられた諸条件を設計に置き換える前に、まず場所や物事の意味をスタッフとともに掘り下げる。
「特にインターネットは短時間で膨大な量の情報にたどり着けます。言語の設定を変えれば、違う情報も得られます」
場所の意味を掘り下げると、やるべきことが明確になり、コンセプトが生まれる。そこからようやく、この場所で何をつくるかを考え始めるが、それまでは一切、設計図を描くことはない。例えばコンペの提出期限が1カ月後でも、最初の1~2週間は「情報を集めて圧縮し、ひたすら研究する」と言う。
「考古学的リサーチのない状態では、自分の経験や知識の範囲からしかアイデアが出ません。でも、リサーチしたことで頭の中を飽和状態にしておくと、無意識のうちにそこから発想が広がる。個人的な好奇心にとらわれなくなる。リサーチは言ってみれば頭の筋トレのようなものなんです。もともと体育会系なので(笑)」
情報にあふれる現代においては、
「得た情報を深く掘り下げる、『発掘』の過程が大切だと考えています。建築はそれほど単純なものではありませんから」
発掘作業によって、場所の記憶が詳らかになる。記憶は人々や社会を過去に縛り付けるものではない。
「記憶があるからこそ、僕らは過去を乗り越えられる。だから記憶には、未来をつくる原動力があるのです」
そして建築は、その記憶を留め、未来に受け渡すことができる。それが建築の力だ。
建築のもう1つの力は、場所の意味を変えられるところだ。場所に新しい意味を与えられると言ってもいい。今年竣工した都内の住宅「Todoroki House in Valley」では、出来上がって少し経った頃、改装工事をしていた近所の家の屋根と外壁が「Todoroki House」と同じ茶色に塗り替わった。
「真相はわかりませんが、土地に馴染むこの家の茶色をいいと思ってくれたのでしょう。建て売り住宅が並ぶ周辺環境にあって、好ましい影響を与えることができたんだと嬉しく思いましたし、建築によって場所の意味を変えられたと実感しました」
田根さんの想いが周囲に伝わったのかもしれませんね、と言うと、「全力を注ぎました」と応じた後に、次のように続けた。
「クライアントも、ただ家がほしいというのではなく、この土地に暮らしたい、この土地の住人になるんだ、という意思を持っていました。その強い想いが出来上がった家に表れています。エストニアもそうですが、場所の意味を変えられるくらいの建築の力を引き出すには、建築を使う人々の想いが必要です」
村の人々と過ごす体験が5つ星
現在進行中のプロジェクトは、日本では「(仮称)弘前市芸術文化施設」をはじめ15~16件のほか、フランスやイタリア、スイス、アメリカ、ブータンと世界各地に及ぶ。開催中の2つの展覧会で初披露されたプロジェクトもあり、「10 kyoto」は京都に建設予定の文化複合施設で、ピラミッド型の建物の外側を、府内で解体された建物の古材を集めて集成材としたもので覆うという。
これも初披露となった「ブータン5つ星の村」は当初、5つ星ホテルの計画だったものを「村」に変えた。ブータンは国民全体の幸福度を高める政策で知られるが、田根氏は「その幸福の概念が大きい」と語る。
「この世に生きるすべてのものが幸せであることを目指すだけではなく、先祖への敬意を忘れないことや未来のブータンが幸せであることも含まれています」
一方で、若者が都会に仕事を求め、地方の過疎化が進むといった現代的な問題も抱えている。
「空き家となった伝統的な民家を利用して、村とホテルが一体化したものをつくらないか、とクライアントに話したのです。子どもからお年寄りまで、村の人々と一緒に過ごす体験が5つ星となるような。ブータンを訪れたなら、ブータンがなぜ幸せかを知りたいでしょう?」
もちろんこの提案も、考古学的リサーチから生まれた。
「建築を生み出すには構想が大切で、どんな構想をクライアントとともに描けるかがプロジェクトを左右します。前提条件にただ形を与えるのではなく、クライアントの想いを掘り下げ、それを検証しながら、こういう方向があり得るのではないか、とアイデアを提示する。そうかもしれないと思ってもらえたら、そこから、プロジェクトの本質的な話し合いが始まります。建築という、人と協働する“ものづくり”では、話し合うことは基本だと思います」
建築家は未来をつくるのが仕事で、未来をつくるには構想が必要だと田根氏は考えている。単にデザインをどうこうすることには興味がないという言葉の裏には、このような建築家としての自負がある。
建築家になって良かったことは? と問うと、「自分が考えたものの中に入れる仕事はあまりありませんよね」と答えた後、
「自分が想像していたものでも、建築は出来上がって手を離れると、ずっと大きく感じます。エストニア国立博物館で開館前の空間を独りで歩いたときに、しみじみとそう思いましたし、がらんとした空間に光が差し込んだときは感動しました。そして、開館後は人が入って生き生きとし始めた。建築は生き物で、人の熱量が育ててくれるんだなと」
田根氏の頭の中を覗くよう
「未来の記憶」展は、2館の空間の違いを活かして会場を構成している。吹き抜けで展示室の大きい「東京オペラシティ アートギャラリー」では、「エストニア国立博物館」や「古墳スタジアム」の大きな模型を展示する以外に、「記憶の発掘」と名付けた最初の展示室で、記憶という概念自体についての考古学的リサーチを展開。壁や床にびっしりと貼られた写真や図、その隙間に書き込まれたわずかな記憶に関する12の言葉を見ていくと、田根氏の頭の中を覗くようだ。
「このようなプロセスを通して思考がつながり、飛躍が生まれ、そこから、この時代につくる建築にどのような意味を持たせられるのか、記憶装置としての建築が語れることは何かを考える。建築家の本領発揮、最もクリエイティブな部分だと思います」
他方、「TOTOギャラリー・間」は図書館や研究所の雰囲気を意識した空間で、展示物とじっくり向き合いながら、隣り合うもの同士の関連性や、意味のつながりを見つけてほしいという。「東京オペラシティ アートギャラリー」より会場の面積は小さいが、展示物は600点と約2倍だ。
「遺跡の発掘現場で断片から想像力を膨らませるか、目の前にあるものをつぶさに観察するか」
と、田根氏は2つの会場の違いを喩える。
どちらもキャプション(展示の説明文)は最小限に抑え、鑑賞者の自由な発想や解釈を妨げないようにしたが、最後の最後、展覧会の開催前日に、「あまりに説明不足かも」と田根氏は手書きで言葉を加えた。
「それが終わった瞬間にすっきりしました。出し切ったような感じで、この後の受けとめ方は皆さんに任せる、僕らは次に向かおう、と気持ちを切り替えることができました」
展覧会のために制作された映像作品も、2館で趣向が異なり、それぞれ楽しめるので、時間に余裕をもって訪れたい。
これら2館のほか、12月7日〜16日にはさらに、田根氏が手掛けるインスタレーション(展示空間を含めて全体を作品とするもの)を見られる場所が加わる。シチズン時計が創業100周年を記念し、東京・南青山のスパイラルガーデンで開催する「CITIZEN “We Celebrate Time” 100周年展」だ。田根氏と同社は2013年のスイス・バーゼルでのインスタレーションを皮切りに、数回にわたってコラボレーションし、イタリア・ミラノなどでも発表。いずれも大きな話題を呼んだ。田根氏の豊かな発想力を、ここでも知ることができるだろう。
田根 剛|未来の記憶
Archaeology of the Future―Digging & Building
会期:12月24日(月・休)まで
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
休館日:月曜日 ※ただし12月24日(月・休)は開館
開館時間:11:00~19:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで
田根 剛|未来の記憶
Archaeology of the Future―Search & Research
会期:12月23日(日・祝)まで
会場:TOTOギャラリー・間
休館日:月曜日、祝日 ※ただし12月23日(日・祝)は開館
開館時間:11:00~18:00
CITIZEN“We Celebrate Time”100周年展
会期:12月7日(金)~16日(日)
会場:スパイラルガーデン
休館日:会期中無休
開館時間:11:00~20:00