「根暗」は決して悪いことではない 五木寛之さんが語りかけてくれること
人気のドラマ「獣になれない私たち」では、新垣結衣演じる主人公・深海晶について、松田龍平扮する根元恒星が何度も「気持ち悪い」と評するシーンが出てくる。
人に気を使い、テキパキと前向きに仕事をして、笑顔を絶やさない――非の打ちどころがない振る舞いに、根元はどこかウソくささを感じてしまうのだ。
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直接口に出して本人に伝えるかどうかは別として、妙にポジティブな人に対して、あるいはそういう人を持て囃す風潮に違和感をおぼえる人は少なくないのではないか。そりゃあ前向きなほうがいい、ポジティブなほうがいい、それはわかっているけれど……と。ただし、そういう意見はあまり世間では言いづらいかもしれない。「根暗」「ネガティブ」等々言われかねないからだ。
しかし、作家・五木寛之さんは、そのような違和感を抱く人に向けて、かつてこんな風に綴ったことがある。
「いつも悲観的なことばかりいってるようで当節の流行語でいうなら『根暗』とかいうらしいけれども、人間、根は暗くあってこそ地上に青葉も茂るし、花も咲くんだよね。根は暗くなきゃいけない。根なんてそもそもない連中が、やたら明るく陽気ブリをしてみせてもつまらない」
これは、新著『眠れぬ夜のために 1967-2018 五百余の言葉』に収められた言葉だ。
五木さんの過去の著作から選んだ箴言集で目立つのは、必ずしも前向きとは言いづらい言葉の数々。普通の人生論とは正反対の趣すらあるのだ。以下、同書からいくつか引用してみよう。
「絶望の深さはまたその人の世界と人間への信頼の深さをそのままあらわしている。人間嫌いが、実は限りない人間好きの業の深さからもたらされるように」
「最悪の経験を持っている人間にも、それなりのプラスがないわけではない。
〈あの時にくらべれば――〉と、思うことで、かなりの悪条件にも耐えることができるからである。戦後の記憶には、ひどい記憶もかなりある。それを忘れてしまうことは、幸せかもしれないが、また一面のマイナスもあるのではないか」
このあたりはドラマの主人公同様、泥沼から抜け出せないと感じている人には励みになる言葉だろう。そもそも明るさの有難さを知るには、闇を経験しなければならない、と五木さんは説く。
「人工光線で24時間明るく照らされているような場所にいる人は、光が射してきても気づかない。反対に、長いあいだ暗闇のなかにいた人は、パッと射しこんできた一条の光にも希望を感じ、こころから感激するに違いない。光を光として感じるためには、深い闇こそ必要なのだ」
五木さんは、現代は「夜の時代」ではないか、と見ている。しかし、嘆く必要はない、夜のあとには必ず朝も昼も訪れるのだ、と説いている。それは個人にも通じる話だ。
「マイナスの勇気、失うことの勇気、あるいは捨てることの勇気。現実を直視した究極のマイナス思考から、本物のプラス思考が出てくるのです」
ドラマでも、主人公は前向きでいることに疲れていく。もちろん明るくてポジティブなことは素晴らしいのだが、根暗には根暗の効用がある、と五木さんは語りかけているようだ。