十朱幸代が“暴露”を始めた「故・西城秀樹」との仲 自叙伝に綴った破局の真相
真相大放出
加えて、10月9日放送のNHK「ごごナマ」で、こう語ったのである。
「“(結婚)したいな”と思ったことがあったんですよ。結婚式ギリギリ、発表の1週間くらい前まではそのつもりでいたんですけど。日取りは決まってなかったけど、発表(は決まっていた)? うん、うん」
「もう、すごい反対で。私の家族、母とか兄とか妹とかが反対で。で、あちらのご家族ともお目にかかったんですけど、感じのいい方たちだったんだけど、やっぱり、ものすごい反対なんです」
「で、ちょっと私が動揺してるから、“やっぱり結婚はダメなのかな”と、彼は。だんだん気持ちが……、うん。っていうようなくだりはありました、かつて」
だが、それでもまだ言い足りないらしく、先月28日、くだんの自伝出版の記念トーク会でも、
「私は50歳手前だったのですが、やはり結婚すると(相手は)子供を持ちたいでしょうし、私自身の仕事の両立も可能かな、と思ったのですが、すごい周りの大きな反対で、そこを押し切ってまでの自信がなかった」
と発言。破局から28年を経て突然、さながらバーゲンのように真相大放出となったのだ。
十朱が恋多き女であったことはよく知られている。17歳のときから15年間、入籍はしなかったが、事実上の“夫婦生活”を送った小坂一也に始まって、噂になったのは浜畑賢吉、高倉健、三浦友和、寺尾聰、井上純一……と、ちょっとした芸能史ができそうなほど。そこに歯科医や青年実業家、雑誌編集者をはさんで、竹脇無我との不倫に突入した。
そんな十朱の戦歴に、追いかける芸能マスコミが翻弄されたのは言うまでもない。そこに89年夏、新たに届けられたのが、秀樹との噂だったのである。
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