復活賭ける新生「東芝」豪華記者会見の「寒々しさ」

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 東芝は11月8日、2018年7月~9月期決算と2023年度までの中期事業計画を発表した。上期の営業損益はわずかに70億円だったが、2023年度には通期で4000億円を目指すという大胆な計画だ。合わせて英国で進めていた原発事業と、米国の液化天然ガス(LNG)事業からの撤退を発表した。

 本来であれば、米原発事業の失敗で1兆4000億円の損失を生み、一度は債務超過に陥った名門が復活を誓うはずの記者会見は、しかし危機感の欠如ばかりが目立つ寒々しい内容だった。

「土光さんが怒るだろうなあ」

 記者会見場に入って、最初にそう思った。

  この日の記者会見は、東京・芝浦の東芝本社ではなく、六本木ヒルズ内の「グランドハイアット東京」で開かれた。案内のメールをもらった時には「何かの間違いではないか」と思ったが、本当に会場は高級ホテル3階のボールルーム(大宴会場)だった。

 1965年、経営不振の「東京芝浦電気」(現東芝)を再建するため石川島播磨重工業(現IHI)から乗り込んだ土光敏夫氏は、最初の取締役会でこう言った。

「社員諸君にはこれから3倍働いてもらう。役員は10倍働け。俺はそれ以上働く」

 洋風かぶれの前任が作った社長室のバスルームを「こんなものはいらん」と言って取り壊し、「お茶を飲みたければ自分で入れろ」と役員フロアに給湯器を設置した。

 今の東芝は土光氏の時代より厳しい状況にある。海外原発事業で作った巨額損失の穴埋めに虎の子の東芝メモリを手放したことから、2018年度の営業利益予想は600億円。売上高予想の3兆6000億円に対し1.6%という惨憺たる利益率である。

 2011年度には6兆2000億円あった売上高はほぼ半減しており、「縮」に歯止めがかからない。2000年に1万1000円を超えていた株価も、3300円前後で低迷している。しかも2015年以降は過去7年に渡って2248億円の利益を水増ししていた粉飾決算が発覚し、信用はがた落ちしている。

 そんな会社の中期経営計画を六本木の高級ホテルで発表するというのだから、どうかしている。案の定、質疑応答では経済誌の記者から「なぜこんな華美な会場を選んだのか。上滑りしていないか」と厳しい質問が飛んだ。その時、車谷暢昭代表執行役会長CEO(最高経営責任者)の口をついた一言は、

「私が決めたわけでは……」

 広報が慌てて、

「予約が遅れ、他の会場が空いていなかったので」とフォローしたが、トップの器量を伺い知るには十分な一言だった。記者に配られた「東芝Nextプラン説明会」と書かれた資料の最初のページには、ヘルメット姿を含め現場を回る車谷氏の写真が4枚並べられ「現場従業員との対話で『東芝DNA』を再認識」という上滑りなキャプションがついている。

 2015年に粉飾決算が発覚して以来、ケチのつきっぱなしだった東芝である。倒産の危機を脱し、三井住友銀行出身の車谷氏をトップに迎え「心機一転頑張ろう」という気持ちはわかる。そのために、ネガティブなイメージが定着した本社ではなく、おしゃれなホテルで「新生東芝」をアピールしたかったのだろう。

「原発を作らない原発メーカー」

 だが、中計には1400人の希望退職を含め、今後5年間で7000人の人員を削減する計画も含まれている。これから肩を叩かれる1400人は、華やかなホテルでその方針が発表されたことをどう思うだろう。株価の下落で損失を被った株主はどう思うだろう。

 東芝は集中治療室から出ただけであり、まだ重篤な患者であることに変わりはない。

 2018年度第2四半期(7月~9月)決算を見てみよう。上期(4月~9月)で見ると、売上高は前年同期に比べ958億円減の1兆7780億円。営業損益は同292億円減の70億円。最終損益こそ東芝メモリの売却があったため1兆1319億円増の1兆821億円の黒字だったが、実質的には減収減益である。収益面で唯一無二のエースだったNAND型フラッシュメモリーを売却した後、「何で稼ぐか」という課題は全く解決されていない。

 冴えない決算と同時に発表されたのが、英国で原発建設計画を進めていた連結子会社「ニュージェネレーション(NuGen)」の解散と、米国で進めていたLNG事業からの撤退である。

 NuGenについては、事業を継続するための新たな出資者の募集や東芝の持分の売却先を探してきたが、いずれも見つからなかったため、英政府とも合意の上で「解散」とした。原発建設計画そのものが白紙になり、英政府のエネルギー政策にも大きな影を落とす。国対国のレベルで日本は英国に大きな借りを作ってしまった。

 東芝は、海外の原発事業から完全撤退することで「リスクを遮断した」と言う。しかし国内での原発新設が事実上、不可能であることを考えれば、海外原発から手を引くというのは「原発の新規建設を諦める」のと同義だ。メンテナンスや廃炉である程度の売り上げが立つにせよ、「原発を作らない原発メーカー」というのは、果たして経済的に成り立つのか。

 中計の説明でエネルギー事業担当の畠澤守執行役上席常務は「原子力発電を一定の規模で維持するのが国の政策」と説明したが、民間企業の事業として続ける以上、経済合理性が問われるのは当たり前のことだ。

「今後20年間で最大1兆円の損失リスクがある」とされた米国でのLNG事業は、中国のガス会社「ENNエコロジカル・ホールディングス」に売却する。売却といっても東芝には一銭も入らない。逆に東芝は「一時金費用」としてENNに約930億円を支払う。

「1兆円のリスクを930億円で損切りした」と考えれば「見切り千両」(相場の格言で、損切りするにしくはなし、との意)にも見えるが、資料をよく読むと、東芝は売却したLNG会社に親会社保証を提供しているという。「信用補完施策」として、ENNが5億ドル(約566億円)の銀行保証状を東芝に差し入れるというが、損失がそれを超えた時どうなるかは、わからない。LNG問題は依然として注視する必要がある。

「率先垂範」も今は昔

 記者会見では、車谷氏の「私が決めたわけでは……」発言の他にもう1つ山場があった。アナリストからインフラシステム事業の成長戦略について質問が出た時だ。それまで黙って車谷氏の隣に座っていた秋葉慎一郎副社長が、むんずとマイクを掴み、早口で話し始めた。

「リチウムイオン2次電池につきましては……、38%小型化に成功し、そのスペースに……」

「続きまして鉄道事業ですが……」

 延々と事業の成果を並べ立てる。この時点で5分が経過。質疑応答の答弁としては異例の長さだが、暴走する秋葉副社長は一向に止まる気配がない。会場がざわつき始め、車谷氏も「困ったな」という表情で秋葉氏を見つめている。

「では次に空調事業でございます……」

 ここでやっと気がついた。この人は東芝のインフラシステム事業部がやっていることをすべて説明するつもりなのだ。そういえば、机の上に国会で官僚が抱えているような巨大な紙のファイルがどーんと置いてある。せめてタブレット端末にしましょうよ。最近、自民党の先生方も使い始めたんです。パソコン事業をシャープに売ったとはいえ、総合電機メーカーの副社長なんですから。

 最後の「昇降機」を説明し終えた時点で、答弁時間は10分を超えていた。CEOもCFO(最高財務責任者)も真っ青の独演会である。壇上も会場も凍りついていたが、マイクを置いたご本人は満足げに微笑んでいる。

 きっとこの人は、社内の会議でもこうなんだろう。サマライズする、割愛するということを知らない。全部やらないと気が済まないのだ。部下の人たちは大変だろうなあ。こんな人が、れっきとした東芝の代表執行役副社長なのである。

 土光氏は経団連会長になってもカバンをぶら下げ電車で通勤した。日本航空の再建に乗り込んだ稲盛和夫氏は3年間、無給で通し、昼食時も幹部社員と面談したり、資料を読んだり、会議に出たりしながら、小銭を渡して秘書に買いに走らせたコンビニのおにぎりを頬張った。

 倹約は美徳と言っているわけではない。しかし世の中には率先垂範という言葉がある。驕らず、浮かれず、ひたむきに仕事に取り組んだ先達は、常に自らを厳しく律した。それに比べてこのチームは。

大西康之
経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)がある。

Foresight 2018年11月9日掲載

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