現実と混同してはいけない“何でも発熱系”職場(中川淳一郎)

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「下町ロケット」(TBS系)が高視聴率でスタートしましたね。ビジネスマンがケンカしたりキレたり恫喝したりするシーンはドラマではよくありますが、もしもあれが現実のビジネスであったら恐怖です。

 同作の予告編では、作業着を着た従業員が大勢いる中、大暴れして仲間から押さえつけられる若い男が登場します。彼が「無駄じゃねぇよ! アンタの言う面白い設計っての教えてくれヨッ!」と上司風のメガネ男に言うと「もっとオリジナリティ出せヨッ!」とドスの利いた声で言われ睨まれる。文字で書くとあまり怒っているようには見えませんが、両方とも大激怒です。

 こんな職場だったら、この日は沈鬱な空気になり、数日中に退職希望者が数名出るのではないでしょうか。目の前で男2人が大声で喚き合い、暴力沙汰に発展しそうな場面を見せられたら若い女性従業員なんてトラウマになりかねません。

 バイト時代から28年ほど働いていますが、大声で喚き合う様子も暴力沙汰になりそうな様子も見たことがありません。職場で直接誰かを批判することもほぼなかったなぁ……。大抵の場合、飲み会とかで「○○部長の今日のあの態度見た? 得意先(山田製作所)がいる場なのにいきなり帰ってしまうなんてさ。大事な発表会なのに」「見ましたよ。オレらが必死にやってるんだから、部長にもいてほしかったっス」と本人のいない場所でグチる程度です。

 そして、当の部長には翌日「昨日、得意先が『○○さんはなんですぐ帰ったの?』と戸惑ってましたよ(笑)」と穏やかにチクリとやるに留め、「ゴメン! いやぁ、プレゼンがあったんだよ。キミ達が頑張ってるから邪魔するのもな、と思ってさ」なんて和やかにその場が収束するものでした。

 ドラマの世界なら「○○部長が大切な得意先の発表会から突然去ろうとした」というシーンはこんな展開になることでしょう。

「○○部長! 山田製作所さんの晴れ舞台なのになんで突然帰るんだよ! アンタは山田社長の今日の発表会にかけた思いが分かってるのかよ!」

「これまで現場で頑張ってきたお前達だけでここは乗り切り、山田さんを男にしてやれよ! オレの気持ちを察しやがれ、バカ野郎!」

 なんという暑苦しい職場でしょう。耐え切れません。

 さて、ここまであたかも傍観者のように書いてきましたが、思い返せば私も3回ほどキレたことがありました。そのうちの一つは某新聞社の記者から取材を受けた時のことですが、とにかく誘導尋問をしてくる。そこでキレた。

「アンタ、オレの話をそっちの方向に持っていきたいのか?」

「まぁ、そういう面はありますね」

「ふざけんじゃねぇよ、だったらテメエの署名で勝手に書きやがれ、ボケ。こんなもんは取材じゃねぇ!」

 こう言って席を立ったのですが、これ、ドラマに登場する「偏向報道をしようとする悪徳記者に屈しない専門家」みたいじゃないですか! ただ、ドラマの場合はケンカした者同士は大抵仲直りをし、仕事は更なる高みに到達しますが、実際のビジネスではこれで縁が切れたり出入り禁止になったりするだけなので、混同してはなりません。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年11月1日号掲載

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