超急成長都市「深圳」で体験した「中国の現在」と「日本の未来」(上)
最近、「タイガーモブ」(https://www.tigermov.com/)の企画に参加して、中国広東省・深圳(シンセン)市で学ぶ機会を得た(注1、本文末尾に明示)。同社はアジア新興国を中心に、25カ国・地域、約180件の海外インターンシップ求人情報を紹介。またその経験者の海外インターンシップコミュニティを形成し、既存の学校や組織にはない機会・環境を提供するユニークな組織である。
今回、学生・経営者・官僚・会計士・会社員などがメンバーに加わったグループに参加し、深圳で非常に面白く、興味深いことを経験できた。それらに基づいて、日本社会の今後について考えていきたい。
「紅いシリコンバレー」
近年日本でも深圳への関心が高まり、多くの視察団などが訪れるようになっているが、まだまだ知られてはいない。まずはどんな街なのかというところから説明していこう。深圳は次のように呼ばれている。
「紅いシリコンバレー」「中国のシリコンバレー」「中国のシリコンデルター」「ハードウェアのシリコンバレー」「製造業のハリウッド」「メイカーズのハリウッド」「ハードウェアもあり、シリコンバレーを超えた場」「クラウド深圳」「深圳での1週間はシリコンバレーでの1か月に匹敵する」「世界最速で急成長した都市」「未来都市」etc……。
さらに最近の深圳を表現して、次のような言葉も挙げられる。
「中国初の特別経済区」「イノベーションの首都」「スタートアップ企業の発祥地」「製造業者のグローバル都市」「ワールドクラスの企業群」「『一帯一路』のイニシアチブにおける戦略的な軸」「広東‐香港‐マカオ・グレーターベイエリアのハブ」「環境に優しい街」……。
これらの言葉だけからも、この街に1度は行ってみたいという衝動に駆られるのではないだろうか。
20~30代が65%
では、なぜ深圳は注目を集めるようになったか。次の2つの点から簡単に説明しておこう(注2)。
(1)超急成長・超変貌都市
深圳は中国大陸側にある香港に隣接した都市であり、超急成長・超変貌を遂げつつある。
この都市は1979年に輸出特区、そして1980年に経済特区に指定され、その後10年間で人口は約7万人から約130万人に増加した。そして約40年後の現在は、2000万人と急激に増大している。
しかも、人口構成の中心は「80後(バーリンホウ)」と呼ばれる80年代以降生まれの新しい価値観をもつ中国の新世代である。そのため、20~30代が65%を占め、65歳以上はたったの2%のみである。日本では、団塊世代とその世代の子ども(団塊ジュニア)である60~70代と40代が人口に占める割合が多く、20~30代は総人口1億2670.6万人のうち2751.5万人と約21.7%に過ぎない。
さらに、この都市の「超変貌」を端的に示す事例がある。1970年からの40年間で、深圳において使用されたコンクリート量は、全人類がこれまでに使用したコンクリート量に匹敵するとも言われている。
(2)起業社会とエコシステム
深圳は世界一高い起業率(15%)を誇り、起業家向けシェアオフィスが市内に250カ所以上存在する。また「テンセント」(WeChat運営)や「DJI」(ドローン製造)など、世界的企業の本社も所在している。
そのうえ、電子マネーや顔認証決済、シェアエコノミーといったキャッシュレスや、無人バス、ドローン宅急便、EV(電気自動車)タクシーといった新しい社会インフラが実装化された、未来都市となってきているのである。
加えて製造のエコシステムが機能していることは、2011年にこの地で起業したICT(情報通信技術)、IoT(モノのインターネット)関連製品の開発販売会社「ジェネシスホールディングス」(注・同社については「下」で後述)執行董事総経理である藤岡淳一氏の、下記のような発言からもわかる。「少量多品種の中小メーカーが集まる地域は、この操業エリアをドーナツ状に取り巻いている。(中略)少量多品種・低価格短納期の深圳製造業界は革新的なハードウェアの創出で成功を狙うには非常に有利な環境」にあり、「新旧の深圳が結びついた結果が、二重構造のエコシステムを備えた“ハードウェアのシリコンバレー”」であるという。
深圳市投資推進署リーフレットでは、「深圳から車で1時間以内で、さまざまな用途向けコンポーネントを購入でき、研究の構想から革新的な製品への実現が高速で行え」、「深圳は世界で最も先進的な市場である香港へのアクセスが容易で、通関も24時間可能」で、「製品の製造後、深センと香港の港を経由して1時間以内に世界中の地域への輸送することができ」ると説明している。
アプリでキャッシュレス
上記を踏まえて、筆者が現地深圳で体験したものや事例などについて、具体的に述べてみたい。
まず、筆者は今回の企画の参加のために、事前にアプリのダウンロードやWi-Fiの持参を要求された。いくつかのアプリは、中国語のみの記載であったり、クレジットカードとの紐付けが必要であったりと、これには結構手間取った。
現地での日常の買い物や地下鉄利用時には、筆者らはこれらのアプリを利用して対応することになった。現金やクレジットカードなどでも対応可能な場所はもちろんあったが、現金では食事や品物の購入が不便な場合も多々あった。かなり小さな中華料理屋のようなところでも、現金で支払いをしようとすると、小銭を必要とするお釣りの対応ができないところもあった。
私たち外国人の場合、中国の銀行口座を持っていないため、アプリ使用が不便であったり、オンラインへのアクセスがうまくいかず、キャッシュレス決済が容易でないこともあったりした。しかし、現地の人々は基本的にこれらのアプリを活用して、キャッシュレスで日常生活を送れるようになっている。スウェーデンなど海外の多くの国でもキャッシュレスが浸透してきているが、いまだ現金が中心に回っている日本とは大きな違いがある。
筆者はそのような日常を体験しながら、他の参加者とともに深圳の各所を駆け巡った。
スタートアップが集積
次に、訪問した地域や組織を見ていくことにする。
(1)華強北(ファーチャンベイ)地区
1990年代、工場地区だった華強北が変貌を遂げるきっかけとなったのは、深圳市政府の東京・秋葉原の視察にあるといわれる。この地区は現在、秋葉原の実に約30倍の規模に達しており、世界最大の電気街に発展している。電気関連の店舗およびスタートアップが集積したビル群が立ち並び、多種多様な部品から雑多な完成品まで、「モノづくり」に必要なものをすべて揃えられる場所になっている。
筆者も現地を歩き回ったが、電気関連の小店舗がひしめき合い、「こんなものがある」、「あんなものがある」という感じで、いつまでいても飽きない。また展示されている製品もデザインやアイデア、機能性に優れていて、いくつも買ってしまいそうな衝動に駆られた。好奇心が旺盛でモノ好きな者にはたまらない、アミューズメントパークのような場所である。
(2)高新園(ハイテクパーク)
テンセントの本社を中心にして形成されているスタートアップ支援地域であり、またアリペイ(決済アプリ)を運営する「アント・フィナンシャル」の深圳オフィスなど関連企業が至近距離に存在している。
スタートアップを支える企業が入ったビルも多く、起業家同士が相互に触発され、競い合いながら活動している。テンセントの巨大本社ビルを見上げながら、「いつかは自分も成功したい」という野望に燃えながら頑張っているという雰囲気に満ち溢れている。
他方、テンセント本社の前には共産党のコミュニティーセンターがあり、そこには「跟党一起創業(共産党と共に起業する)」「FOLLOW OUR PARTY, START YOUR BUSINESS」と刻まれたモニュメントが配置され、才気煥発で横溢な経済活動と党との不思議なバランスが感じられる場でもあった。
(3)OMO型スーパー
「アリババ」が運営する「盒馬鮮生」(ファーマーションシェン)とテンセントが運営する陣営「超級物種」(チャオジーウージョン)のOMO型スーパー店舗を見学した。
日本でもOMO(Online Merge Offline)という言葉が使われるようになってきているが、これはオフラインを活用する中でよりよい顧客体験や顧客接点を作り、新しい購買の方法を提供するものだ。つまり、テクノロジーの進展で生活の中におけるあらゆる行動がデジタルデータ化され、生活者の購買行動において、オンラインとオフラインの販売がデータによって結びついていくというものである。
日本でも、スーパーがホームページなどを開設し、OMO的な体裁が整ってきている。しかし、深圳と日本のそれとでは大きな発想の違いがある。日本の場合はスーパーの店舗ありきで、顧客の高齢化などの対応を含め、EC(電子商取引)を付加するという販売のアプローチである。
ところが、深圳のOMO型スーパーはECの企業(ここではアリババおよびテンセント)が自社の会員登録を増やし、ECを増大するための入り口として店舗展開を行っている。もちろん店舗におかれた商品を購入することもできるが、あくまで商品サンプル扱いだという(注3)。誤ってサンプル品を持ち去ってしまうと、顔面認証が行われ、次に来店するときに注意を受けることになる。また、顧客が店舗で購入する場合、QRコードでキャッシュレスなのはもちろん、購入商品は指定された範囲内であれば、30分程度で自宅に届けられる仕組みも完備されている。
そして何より、日本と深圳のスーパーには大きな違いがある。「超級物種」はスタイリシュで品ぞろえ豊富。「盒馬鲜生」は水槽に入った生きた海産物を見ることができたり、様々な試食を楽しむことができたりする。特に「盒馬鲜生」の海産物売り場では、注文すればその場で調理してもらえ、フードコートと一体となった空間で楽しさ、面白さ、好奇心が刺激される。当然、顧客で溢れていたが、これなら誰でも何度も店を訪れたいと思うことだろう。
筆者は帰国後、日本でスーパーに行くと、「確かに品ぞろえはあるが、なんか寂れていて楽しくない」と感じたほどである。日本でも深圳同様の店舗ができれば、顧客が殺到するのではないだろうか。(つづく)
【注釈】
(注1)次のURLから、タイガーモブの今回の深圳での機会に関する簡単な動画を観ることが出来る。
(注2)深圳の発展は、鄧小平が深圳で香港を指さしながら「前進」と宣言したことに始まっており(香港のようになることを目指すという意味)、改革開放政策の申し子なのである。
(注3)将来は店舗自体がなくなるのではという話も聞いたが、店内の活気を見れば、可能性は低いと思われる。