「サウジ記者殺害」で危惧される「原油価格」動向の「世界最大油田会社トップ」見通し

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 ここ連日、サウジアラビア(以下サウジ)の情勢から目が離せない。

 2018年10月16日(火)に急遽、リヤドを訪問したマイク・ポンペオ米国務長官の口から、ドナルド・トランプ大統領直々の「近日中の解決要求」を突きつけられたのだろうが、サウジ政府は10月20日(土)、殺害は認めたものの偶発的な事故だという、穴ボコだらけの「事件顛末書」を発表した。著名なサウジ人ジャーナリスト、ジャマール・ハーショクジー(日本語では「カショギ」と発音されることも多い)氏が在トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館に入館した後、殺害されたとする疑惑についてのもので、18人の容疑者を拘束し、捜査を継続中だとはいうが、素人判断でも説得力ゼロの発表内容だ。

 たとえば、9月28日(金)に1度、総領事館を訪れたハーショクジー氏が指定された10月2日(火)午後1時過ぎに再訪したとき、なぜサウジから飛んできた15人もの治安・情報・軍関係者が待ち伏せしていたのか、その中に法医学者がいたのはなぜか?

 また仮に「口論」となり、争いが発生し、「誤って」殺害してしまったのだとしたら、なぜその「事故」を直ちにトルコの警察または外務省に、あるいは外で待っているハーショクジー氏の婚約者に伝えなかったのか?

 さらに、この「事件」が発生してから24時間以上が経過していた10月3日(水)の深夜、『ブルームバーグ』の記者団6人とのインタビュー(「Saudi Crown Prince discusses Trump, Aramco, Arrests: Transcript」2018年10月6日2:38掲載)に臨んだムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が、本件について問われ、次のように回答しているのはなぜか?

Q ハーショクジー氏の件は?

A 噂は聞いた。彼はサウジ国民なので、何が起こったのか知りたいと思っている。トルコ政府と協議を続けている。

Q 彼はサウジ総領事館に入っているが。

A 彼は確かに入ったが、数分後、あるいは1時間後には出て行った。詳細は知らないが。何が起こったのか、外務省を通じて調査中だ。

Q 彼は総領事館の中にはいないのか?

A その通りだ。中にはいない。

 さらに「遺体」の所在について、サウジ政府は何の発表も行っていない。18人を「拘束」しているのであれば、「犯人」たちに「自白」させているはずだ。トルコ警察が依然として「遺体」の「捜索」を続けている、というのは、サウジ側が犯人たちの「自白」内容をトルコ側に説明していないということなのか?

 疑問は次々と湧いてくる。

 サウジ側は、トランプ大統領への回答としてこれで十分だ、と考えているのだろうか?

 米国はこの「発表」で、従来同様の関係を維持するのだろうか?

 当面の焦点は、10月23(火)~25日(木)にサウジの首都リヤドで開催予定の「未来投資イニシアチブ」という名の、「砂漠のダボス会議」とも称される経済カンファランスだろう。

 主要国の経済閣僚を初め、登壇予定者、スポンサー予定の企業など、次から次へと欠席、離脱を発表するところが増えているが、会議そのものを、スケールダウンせざるを得ないとしても、予定通りに開催できるのだろうか。あるいは「無期延期」とするのか。

 スティーブン・ムニューチン米財務長官は欠席を決めた。だが彼は、ほぼ同時期にリヤドで開催予定の「テロ資金対策組織(Terrorist Financing Targeting Center)」(米国が昨年、サウジと創設した組織で、GCC=湾岸協力理事会=メンバーであるサウジ、UAE、バーレーン、オマール、カタール、クウェートが参加)との会議には、予定通り出席するそうだ。

 リアム・フォックス国際貿易相の欠席を決めた英国は、格下の高官を会議に参加させると伝えられている。

 米英はこのように「ハーショクジー事件」を引き起こしたサウジを非難しつつも、基本的な同盟関係は壊したくないという姿勢を示しているが、トランプ大統領は、自らの再選につながる11月6日の中間選挙で勝利することが唯一・最大の行動原理だから、国内の反応によってはいつでも平気で方向転換するだけに、今後の展開は全く予断を許さない。

 何があっても驚いてはいけない。

サウジ「脱石油」改革は足踏みか

 筆者の関心は、「ハーショクジー事件」が今後の石油市場にどのような影響を与えるか、という点にある。

 一部には、米国の「制裁」(するかしないかを含め、未だ内容は未確定)にサウジが反発し、「石油を武器とする政策」(原油減産、米国への禁輸など)を採用することにより、1970年代の「オイルショック」に似た大混乱が起こるという見方もあるが、おそらくそうはならないだろう。

 筆者がそう判断する理由は次のとおりだ。

 まず、すでに「減産」も「禁輸」も経験済みだから、「驚き」ではない。

 サウジ側も、これまで数多くの経験を積み重ねてきており、価格を「異常に」上げることで消費国を困らせようという意図的な自国だけの減産は、ブーメラン効果を呼び、自らも困難に遭遇することを理解している。

 また特定国を想定した「禁輸」は、他国から代替輸入が可能なので、価格面を除けば、その特定国への量的な影響は軽微であることも経験上熟知している。

 そして、1970年代にはなかった先物市場が存在しており、種々様々な関係者の価格への判断・見通しがリアルタイムで視覚化できるようになっており、ヘッジ機能も使用可能になっている。ここにも「驚き」はないだろう。

 つまり、「費用対効果」を考えると、「減産」も「禁輸」も有効な政策ではないのだ。

 もちろん「衝動的」な政策決定はありうるので、その心づもりは必要だろう。

 しかし、サウジ内政の不安定化という問題は残る。次期国王への即位が確実視されていたムハンマド皇太子の将来がどうなるのか。

 これについては専門家の皆さんがそれぞれ分析してくれるだろうが、筆者の関心は、その結果としてサウジの石油政策に大きな変化があるのか否か、そして需給関係がどのように推移し、価格はどう動いていくだろうか、という点にある。

 結論だけ述べれば、サウジの石油政策に大きな変化はない、とみる。誰が国王となろうとも、優秀なテクノクラートに管理させることで、従来同様、OPEC(石油輸出国機構)の実質的盟主として、世界の石油市場を引っ張っていくことになるだろう。脱石油経済体制への「改革」は足踏みせざるを得ないだろうが。

シェール増産「困難」の要因

 市場に影響を与える要因はどうだろうか。

 現状は、米国の経済制裁によるイランの原油輸出禁止の行方や、ベネズエラの混乱状況を背景とした減産傾向などが供給面における主なブル(強気)要因だ。今回の「事件」は、何かあるとすればブル要因であることは間違いがない。

 一方、米中貿易紛争や原油価格が高値に張り付くことがもたらすであろう世界経済の成長鈍化、それに伴う石油需要の伸び率の鈍化が主なベア(弱気)要因となっている。

 需給は、今回の「事件」がどのような影響を与えるのかを含め、これら複数の要因がどのように絡み合ってくるかで変化していくのであろう。

 具体的な価格は、市場参加者が将来の需給がどのように動くと考えて売買を行っていくかで推移していくことになる。

 筆者は総じて、ブル要因の方が強いとみるが、どうであろうか。

 ただし、ベア要因として考慮に入れるべきポイントとして、米国のシェールオイルの増産余力の問題がある。たとえば、イランの原油輸出減を補うほどの増産が可能だろうか。

 現状は、消費地および輸出基地であるメキシコ湾岸への送油パイプライン能力が障壁となって、主力であるテキサス州からニューメキシコ州にまたがるパーミアン盆地(Permian Basin)での生産の伸び率も落ち込んでいる。だが、来年末には新規のパイプラインが完成するので、ふたたび大幅な増産がなされるだろう、したがって、今年も来年も増産が継続していくだろうとの見方が支配的である。

 ところが、そのシェールオイルの増産を難しくする別の要因がある、と世界最大の油田サービス企業のトップが警告している、というニュースを『フィナンシャル・タイムズ』(FT)が10月20日に報じている。

 同日、英経済有力週刊誌である『エコノミスト』も、シェールブームがアメリカを世界最大の原油産油国に押し上げた。が、いまや新たな課題に直面している、との記事(「The shale boom has made America the world’s top oil producer」2018年10月20日)を掲載しており、期せずして足並みを揃える結果となっている(サブタイトルは「Fracking firms are over their free-spending years, but new challenges loom」)。

 読者の皆さんもご存じのように、シェールオイル・ガスは「非在来型」と分類されており、大多数を占める「在来型」とは異なるいくつかの特色を持っている。その1つが、ビジネス・サイクルが短い、ということだ。「在来型」と比べると、探鉱・開発に要する時間も、生産期間も圧倒的に短い。

 ということは、裏返せば探鉱・開発作業を途切れることなく継続していくことが要求されるということでもある。すなわち、増産が続くということは、それに必要な資機材、人材の「量」が増加し続ける、ということだ。当然、これら資機材、人材の「供給不足」問題が生じてくることも加味する必要がある。

 また、石油開発というものは「在来型」も「非在来型」も、もっとも有望な地域から開発に着手する。いわゆる「スイートスポット」から手をつけるものだ。したがって、「スイートスポット」の開発が終わると、より生産性の低いところを開発せざるを得なくなる。

 このことがシェールオイルの世界でも発生していることは、容易に推測できるところだ。

 将来の需給動向を予測するためには、これらの指摘はきわめて重要だろう。

「Schlumberger chief warns on US shale oil production」と題された「FT」記事には、「Waning well productivity may force cut in forecast of output」(東京時間2018年10月20日午前4時頃掲載)というサブタイトルが付いていて、これまでの「増産予測」の下方修正が必要かもしれない、と指摘している。

 では、米産業・エネルギー部門担当記者エド・クルックスの手になるこの記事の要点を次のとおり紹介しておこう。

増産余力は減少

■米シェールオイルの生産は、業界内で発生しているいくつかの問題により、最も楽観的な予測には届かないかもしれない、と世界最大の油田サービス企業の最高経営責任者(CEO)が警告している。「シュルンベルジェ」のCEOであるポール・キブスガード氏は、米シェールブームの中心であるテキサス州とニューメキシコ州にまたがるパーミアン盆地での増産を鈍化させているパイプライン能力の不足問題に加え、他の諸問題により、将来の生産予測のいくつかは下方修正しなければならないかもしれない、と語った。2018年第3四半期の決算説明をアナリストたちに行った際、シェールの油田も成熟してきており、新規坑井もすでに掘削済みの地域で掘削するようになっているため、増産が困難になっている、と語った。「市場では、見通せる将来、パーミアンが毎年150万BD(バレル/日量)増産し続けるだろうとのコンセンサスが出来上がっているが、今では疑問が出始めている」と。

■同社は、第3四半期の1株あたり利益が、アナリストの予測を若干上回る、前年同期比10%増の46セントになるとの決算発表を行い、石油ガス業界の活動が将来的に上昇し続けるだろうとの見通しを示し、同社にとって「非常にいいニュースだ」と述べた。

■キブスガード氏が指摘している、米国の石油生産が増加しつづけることへの難題(threats)とは、すでに存在している「ペアレント(親)」坑井の近くで掘削される「チャイルド(子供)」坑井問題として知られる点を巡ってのものだ。

■テキサス州南部のイーグル・フォード陸盆のシェールオイル生産では、坑井の長さあたりの生産量、あるいは使用する「プロパント(proppant)」(筆者注:後述)の量あたりの生産量が、確実に減少し始めている。キブスガード氏は、原因は、今では新規掘削される坑井の70%を占める「チャイルド」坑井の比率が減少し始めていることにある、と指摘した。パーミアン盆地の中で最も活発に掘削されている構造の1つである「Midland Wolf Camp構造(formation)」での「チャイルド」坑井の比率は50%になっている。キブスガード氏は「イーグル・フォードですでに起こっているのと同じように、パーミアンでも坑井あたりの生産性の減少が起こり始めており、増産余力はこれまでの予測より小さいものとなろう」と述べた。

(筆者注:水圧破砕によって生じさせた亀裂が短時間で閉じてしまわず、シェール層内のオイル・ガスが順調に流れ出るようにするために、水とともに流し込む砂、あるいは砂に類似した物質。水圧破砕には、大量の水に少量のプロパントと化学物質を混ぜたものが使われている。)

■他の油田サービス企業同様「シュルンベルジェ」も、2014年から始まった石油価格下落によりもたらされた業界全体の不況の影響をもろに受けてきたが、原油価格が80ドルにまで戻ったことにより、回復している。

■まず、もっとも急激に回復したのが、同社の北米ビジネスだ。9月までの3カ月間(第3四半期)には、2014年前半以来、初めて他の地域でも回復が見られた。北米ビジネスでは、パーミアンのパイプライン能力の限界があり、収益伸び率は抑えられたが、それは、生産を開始するために使用する「シュルンベルジェ」の水圧破砕サービスが鈍化していることを示している。

■世界的に景気が回復しているため、「シュルンベルジェ」は世界各地で提供する資機材やサービスの対価を押し上げることができている、とキブスガード氏は言うが、まだ同社の業績に目立つような影響は出ていない。しかしながら、余剰生産能力が減少しているので、「顧客にとって、我々の製品やサービスを確実に確保することがより重要となっているため、来四半期以降は価格交渉ができるだろう」と付け加えた。世界の経済予測が「solid(堅実)」であるため、石油需要は順調に増加しており、同社は、新しい資源を探鉱・開発・生産する事業活動が持続的に増加すると予測しており、「それは我が社にとってとてもいいニュースだ」と語った。(岩瀬 昇)

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。

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Foresight 2018年10月22日掲載

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