「マニアックな世界」を変化球で伝えるNHK「ジミーとふしぎな雑誌たち」(TVふうーん録)
若い頃、月刊誌の編集者だった。自分が出した企画を進める喜び、ライターやイラストレーター、カメラマン、デザイナーとのやりとり(締切やギャラを巡る攻防戦も含め)、奇天烈な取材対象者や非協力的な読者モデルを口説き、編集長や著者のダメ出しと叱咤激励に泣いて笑って。どこにも情報が載っていないディープな大人の遊び場に取材し、読者からも反響があったとき、脳内に快楽物質が充満したものだ。朝方、印刷所の守衛に校了紙が入った原稿袋を渡すときの達成感。校了後に飲む酒もうまかった。毎月繰り返すルーティンワークとチームワーク、楽しかったな。もう雑誌編集をやることはないだろう、でも何か作れないかなと妄想を駆り立てた番組がある。NHKがこっそりと流した「ジミーとふしぎな雑誌たち」(9月24日放送)だ。
NHKもNHK Eテレも、こういう番組を改編期に実にこっそり流すもんだから、誰も気づかねー。山田孝之が植物の生態を人間に例えて解説し、アダルトな持論を展開した「植物に学ぶ生存戦略」(9月27日放送)も抱腹モノだった。
でも、ジミーのほうが雑誌編集者だった私の腐りかけた海馬を刺激したので記しておく。ま、「新潮45」の非常に残念な結末に対する皮肉も込めておりますが。
ジミーは6歳の少年という設定。演じるのはコメディ筋肉が発達しとるわ、ナレーションの声は男前だわ、前田敦子と結婚するわで暗躍中の俳優・勝地涼。世に存在するマニアックな雑誌が好きで、お兄さん(ハライチの澤部佑)にさまざまな雑誌を紹介する。マニアックな専門誌が次から次へと紹介されるが、澤部のツッコミはお茶の間の総意だ。「買う人いる?」「1400円もするの?!」「写真掲載に金とるの?!」と私の感想を澤部が漏れなく代弁してくれる。それでも不思議なもので、澤部も私もどんどん奇天烈な雑誌の世界へ引きずり込まれていくのである。
「月刊愛石」はそのへんに転がっている石を愛する奇特な人々の投稿雑誌だ。余裕のある年輩層がハマっているようで。編集長は元グラビアカメラマン。そういう再就職もあるのねと唸る。
「月刊食堂」編集長は、飲食店の店内に入るだけで客数や売上、年商をほぼ言い当てる。「月刊むし」編集長は、クワガタムシ1400種を言い当てられる虫オタク。編集長が見出しで煽りまくるのは「月刊住職」。週刊誌やスポーツ新聞の基本、見出しの妙を心がける。
それぞれの編集長は、熱意と志をもって取り組んでいる。苦しい局面を迎えている業界を盛り上げるために、そして「好き」を原動力に雑誌を作っている。
最も感動したのは「中学野球太郎」。微妙な企画の面白さもさることながら、編集記者が自ら全国の中学球児を訪ね、バッティング対決。記者自身が甲子園に行けなかった元球児で、野球にかける情熱を「生き霊」と自嘲。でも汗をかいて誌面を作る心意気は伝わった。
青息吐息の雑誌業界にゆるいエールを送る良い番組だったが、宣伝弱すぎ。10月13日に再放送したってよ。