アイドルの「過重労働」問題は海外の目も気にするべきでは ドイツ在住ライターの視点

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アイドルは共通言語ではない

「YOUは何しに日本へ?」に代表される、来日した外国人観光客に目的を尋ねる番組で、よく見るのが「アイドル」だ。アキハバラのアイドルイベントを見たかった、ライブを見たい、といった観光客に密着し、彼らが熱狂する様を紹介する。何にせよ、日本文化が海外で人気なのは嬉しいことなので、視聴者のウケも良いのだろう。

 しかし、ここにはいくつか罠がある、と指摘するのは、ドイツ在住のライター、雨宮紫苑さんだ。雨宮さん自身、「モーニング娘。‘18」などが所属している「ハロー!プロジェクト」の大ファン。アイドルに興味を持つ外国人が増えることも嬉しいという。

 一方で、自身の経験したこんなエピソードを著書『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』で紹介している。

「ドイツでは友人同士が集まるとスマホやタブレットで好きな音楽を聞かせあうという、謎のコミュニケーション方法がある。そのとき『日本の音楽を紹介して』と言われることが多いので、わたしはアイドルを知ってもらおうと、何度かアイドルの動画を見せた。だが率直に言うと、ドイツ人からの評判はすこぶる悪い。

『未成年が下着で踊っている』『義務教育を受ける年齢なのに親はなにをやっているんだ』なんて言われたし、『いい年した大人が児童ポルノみたいなビデオを見て喜んでいるのか……』と引かれたこともある。それでいまでは大人しく、宇多田ヒカルを流すことにしている」(『日本人とドイツ人』より)

 日本国内でも職場などで「アイドル好き」を公言した場合には、ある種の偏見を持たれる可能性は今でもあるのだから、海外ではなおさらということ。音楽は世界共通の言語かもしれないが、アイドルは一部のファンたちのみに通じる言語に過ぎないのである。

労働問題

 こうしたことに加えて、別のリスクも心配される、と雨宮さんは言う。アイドルたちの「人権問題」だ。海外在住のアイドル好きとして、日本の無防備さが気になるというのである。その真意を聞いてみた。

「アイドルに代表される芸能人の労働環境についての議論が進んでいないように思えます。芸能界はきっと、特別な世界なのでしょう。でもそれを理由に、彼女たちの権利を軽んじていいわけではありません。本人が望んでやっているとはいえ、相手が未成年であれば、大人や社会は彼女たちの権利をちゃんと守らなくてはいけないはずです。

 ドイツに限らず欧米は、子どもの人権、労働者の権利といったことに敏感です。『彼女たちの権利は守られているのか』と真っ向から聞かれたら、答えられない関係者も多いのではないでしょうか。

 それなのに、このままアイドルを『日本の文化』として世界にアピールするのがいいのかどうか……。

 2013年、AKB48の峯岸みなみさんがスキャンダルを報じられ、髪を剃った動画をアップしたことがありましたよね。それは、ドイツでも話題になっていましたが、ネガティブな捉えられ方でした。

 電通の過労死問題しかり、ネガティブな出来事は、海外でもどんどん報じられます。日本には日本の価値観があるとはいえ、日本の事情を海外メディアが常に忖度してくれるわけではありません。

 最近日本では、16歳のアイドルの方が自殺したことが話題になっていました。それが、『ティーンエイジャーが過酷な環境で働く日本の異常性』として、ほかの国でも注目される可能性もあるわけですよね。

 それを知ったら海外のアイドル好きはショックだろうし、アイドルに興味のない人からすれば、日本のイメージはかなり悪くなるでしょう。『若い女の子が学校にも行けず働かされているんだ……』と。もともと日本は、過重労働の国として知られていますし。

 日本国内だけなのであれば、『アイドルなんだから』という理由をタテに黙認されていた裏事情もいろいろとあるかもしれません。でも海外に視野を広げるのであれば、日本でまかり通ることが同じように海外でも許される、受け入れられる、と思うのはリスクが高いということです。ちゃんと、『外からどう見えるか』も考えないと。

『アイドルは日本の文化だ!』と海外にアピールするのであれば、国際スタンダードに則って彼女たちの権利をちゃんと大人が守ってあげて、健全な文化として送り出してほしいと思います」

 政府はインバウンドを強化する方針を維持しており、2020年の東京五輪に向けてさらに訪日外国人が増えることは確実だ。日本独自のアイドル文化を捨てる必要はないにせよ、当事者の働き方や、その「見え方」のリスクも考慮しなければいけない時代になってきているのだろう。

デイリー新潮編集部

2018年10月19日掲載

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