核拡散を戦時中から予言していた「フランク・レポート」の中味

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北朝鮮の存在感の源

 北朝鮮との交渉が厄介な最大の理由は、彼らがすでに核を保有してしまっているからだ、という点は多くの一致するところだろう。残念ながらこの強力な兵器を手にした国は、国際社会で一定の存在感を示し、良くも悪くも発言権を得てしまうというのが現実だ。

 実はこのような事態は、戦時中、アメリカが原爆を広島と長崎に投下する前から、関係者の多くにはわかりきっていたことだった。そのことを明確に示す文書も残されている。公文書研究の第一人者である有馬哲夫早稲田大学教授の新著『原爆 私たちは何も知らなかった』をもとに、当時の状況を見てみよう(以下、引用は同書より)。

 1945年6月11日、原爆の完成が近づき、投下の可能性が高まる中、ヘンリー・スティムソン米陸軍長官あてに1通のレポートが提出された。スティムソンは、原爆の使用法を決める「暫定委員会」のメンバーだった。

 いわゆる「フランク・レポート」と呼ばれるこのレポートは、複数の科学者たちが原爆の日本への投下をやめさせようとして提出したものである。

 原爆の技術をアメリカで独占してしまおうとするトルーマン大統領らに対して、「技術の独占というのは現実味がない。むしろ今からソ連なども含めて国際管理を話し合ったほうが良い」というのが科学者たちの立場だった。

予言が的中

 その内容は、あまりにも現在の状況を見通しており、「予言の書」といっても過言ではないようなものになっているのだ。

 フランク・レポートの概要は以下の通りだ。

「1.原爆製造のノウハウは世界中に広まっており、製造法も改良されるだろう。将来アメリカ以外の複数の国が原爆を所有することは確実だ。したがって、平和を守るためには国際管理が必要だ。

2.ソ連に情報提供と国際管理を持ちかけるのは、原爆が完成していない今が最適である。完成してから、そして実験してからでは、ソ連の態度が違ってくる。日本に実戦で使ったあとでは、ソ連はそれを脅威と感じるだろうから、一層頑(かたく)なになるだろう。情報の価値から考えても、今が一番大きく、日本に使用したあとでは一番低くなる。

3.日本に実戦で原爆を投下すると国際管理ができなくなる。なぜなら、国際管理によって今後原爆の戦争での使用を禁じなくてはならないのだが、自らが一度戦争で使っておきながら他の国には禁止するといっても説得力をもたないからだ。

4.それでも原爆を使用するなら、無人島に投下してデモンストレーションにとどめるか、さもなければ事前通告をして住民を避難させてから行うべきだ。

5.デモンストレーションであれ実戦使用であれ、原爆をいったん使用したらその時から原爆開発・軍拡競争が始まる。世界の各国はあらゆる資源と技術をためしてより威力のある原爆をより効率的に安価に数多く作ることに取り組む。さもなければ、自国を守れないからだ。

6.今後、原爆を持つ可能性のある国はイギリス、フランス、ソ連などが考えられる。

7.現在、ソ連はウラン資源確保の点でアメリカに後れをとっているが、世界の陸地の5分の1を占めるソ連からウラン資源がでてこないと考えるのは危険だ。

8.核戦争に耐えられるのは、国土の広いアメリカ、中国、ソ連であるが、アメリカとソ連が核戦争になったとき、人口と産業の集中化が進んでいるアメリカに較べ、これらが広い地域に分散しているソ連は有利である。

9.したがって、情報の共有と国際管理体制ができていない今、日本に対して実戦において原爆を使用することはできない。それをすることはアメリカにとって極めて不利な核戦争の危険にアメリカ国民をさらすことになる」

 その後の核拡散、冷戦下の核開発競争をすでに見通していたことがよくわかるだろう。また、3は北朝鮮などがアメリカを非難する際の論理と共通している。「自分たちだけ持って使える権利があるなんておかしいじゃないか」ということだ。

 こうした意見は、様々な形でトルーマンら米英の首脳にも伝えられていた。しかし、彼らはその政治的な思惑、計算から耳を貸すことはなかった。それによって、広島、長崎でまったく罪のない市民が虐殺され、戦後世界は核の危機におびえ続けることになるのだ。

デイリー新潮編集部

2018年10月18日掲載

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