「これ、私かも……」と我が身を振り返りゾッとするドラマ「乱反射」(TVふうーん録)

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 スマホの契約に約6時間かかった。店内にトイレがなく、契約が片付くまで外にも出られず、マジで膀胱炎になる5秒前。後日。その店員が最も重要な契約を忘れていたせいで再来店を要求され、Wi-Fiに関しても嘘八百だったと知り、怒り心頭。謝罪要求とか本社にクレームとか一瞬脳裏をよぎったが、時間の無駄と思い直す。考えてみれば、トイレがないのは彼の責任ではない。大きなミスはしたが、スマホに無知な中年のために尽力してくれた。私もおそらく大損はしていないし、膀胱炎にもなっていない。案外、怒りの沸点が低い自分を恥じて、終了。

 そんな折、私の心に突き刺さるドラマが放送された。名古屋テレビ制作・貫井徳郎原作「乱反射」だ(9月22日放送)。根腐れした街路樹が強風で倒れ、幼児が亡くなる事故が起きた。その父であり、新聞記者の妻夫木聡が事故原因を追う。記者としての使命ではない。息子を失った悲しみと怒りを滾(たぎ)らせ、事故の責任は誰にあるのか、狂気をはらみつつ暴走気味に追及していく。

 街路樹を管理する市役所職員(芹澤興人)は、市民から日々寄せられるクレームに辟易。街路樹の根元に放置された犬の糞を処理させられるも、キレて職務放棄。

 市役所から樹木診断を委託された造園業者が萩原聖人。半端なエコ意識から街路樹伐採反対運動を展開する主婦(筒井真理子・梅沢昌代)に阻まれ、作業は中断。

 実は、萩原は極度の潔癖症だ。我が子すらビニール手袋をしないと触われない。そして問題の街路樹の根元には、犬の糞が大量に放置。近寄れず逃げ帰ってしまう。

 この糞は、定年退職して犬の散歩しかすることがない田山涼成の仕業だ。「俺は腰が悪いから屈めない」と身勝手な理由で糞を放置。近所でも挨拶せず、手ぶらで犬の散歩に出る非常識な田山。妻夫木の妻・井上真央も怪訝(けげん)に思っていたのだ。

 そして、瀕死の幼児の救急搬送を拒んだ医師の三浦貴大。「自分は内科医」「受け入れて死なれたら困る」「たかが風邪でも、時間外診療ならすぐ診てもらえると知って受診する、あざとい学生たちが悪い」と言い訳三昧。

 それぞれの自己弁護と責任転嫁が、まさに「乱反射」のごとく映し出されていく。責任の所在を追及する妻夫木の怒りが暴力へと変質し、殺意に近づく。でも踏みとどまる。誰かを罰しても息子は戻らない。処罰感情の虚しさに気づくのである。

 すべての登場人物に自分がなりうると思わせるすごい作品だった。自分は関係ない・悪くないと思っていても、些細な不始末や隠し事が悲劇の一端を担う可能性があると突き付けてくる。

 妻夫木と井上も例外ではない。公園のゴミ箱に、家庭ゴミを捨てる場面がある。その無意識の罪が巡り巡って人命を奪うかもしれない。要は想像力が必要なのだ。劇中でも「想像力の射程を延ばす」ことが大事と説く。

 唯一、想像力の射程が長いのが、井上の同僚・竹内都子だ。ただお節介なのだが、想像力は優しさでもある。怒りの矛先を向ける前に、責任転嫁する前に、想像力を。ジョン・レノンか。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年10月11日号掲載

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