遺伝子操作で「がん」増殖を阻止 日本の研究チームが取り組む「ゲノム編集」とは
1960年代のSF映画「ミクロの決死圏」は、極小化された医師たちが、病に倒れたヒトの体内で治療に奮闘する世界を描いた。それから半世紀――。最先端のがん治療では、遺伝子レベルでの研究が進んでいる。
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自分の体なのに、直接は見ることが叶わないところで、がんは生まれ増殖してしまう。簡単には阻止できない難敵とされる所以だが、がん細胞の遺伝子を操作することで、増殖を防ごうと挑む人々がいる。
今年6月、岡山県にある川崎医科大学と広島大学などの研究チームは、「ゲノム編集」の技術を応用した最先端のがん治療を、米国の専門誌電子版で公表した。
がんを手術で切除したり、抗がん剤や放射線を使うといったこれまでの治療法とどう違うのか。その詳細に触れる前に、そもそも「ゲノム編集」とは何かについて説明しておこう。
「ゲノム」はヒトの遺伝子の全情報を指すが、それを「編集」するとは、ある特定の遺伝子の働きを止めたり、新たな情報を加えたりすることで、生物の特徴を変化させることが可能になる。
“遺伝子変異”という言葉があるように、自然界に元から存在するメカニズムだが、これを人為的に行うことは今や当たり前になりつつある。寒さや暑さに強い農作物の品種改良に応用されたり、医療でも遺伝疾患の治療で多くの実績を残してきたのはご存じの通り。
今回ご紹介する日本の研究チームは、がん細胞の増殖を抑える治療に、この「ゲノム編集」の新技術を応用しようと試みている。
「がんは様々な遺伝子の変異によって引き起こされます。厄介なのは、ひとつの遺伝子の働きを抑えても、がんのすべてを抑制できるわけではないことです」
と話すのはゲノム生物工学が専門の広島大講師の佐久間哲史氏だ。
「がん遺伝子の働きを封じるには、それにかかわる複数の遺伝子=ドライバーがん遺伝子を抑制する必要があります。我々の研究がターゲットにしたのは、食道がんと肺がんですが、この二つには共通するドライバーがん遺伝子があるのです」
実験では、特殊なタンパク質を注入することで、肺がんや食道がんを増殖させる遺伝子情報を、読み取れなくすることに成功したのである。
「このゲノム編集技術を用いた培養実験では、がん細胞の増殖を食道がんで3割、肺がんでは4割まで抑えることに成功しました。さらに、そのがん細胞をマウスの体内に移植して調べた実験では、がん細胞の増殖を完全に抑えることもできた。これまで難しいとされてきた食道がんや肺がんの増殖を、完全に封じる道筋が見えてきたのです」(同)
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