国立がん研究センターだけで稼働中の「すい臓がん」狙撃マシーン 今後の課題は
すい臓がんを根治
そこで、昨年5月にがん研究センターは本邦初、米国のビューレイ社が開発した最新の放射線治療装置「メリディアン」を導入した。放射線をビームのように、局所的に患部へ照射することで、がんの増殖を抑え込む試みを始めたのである。
「すい臓は呼吸のたびに2センチほど上下運動をしていて、それに伴い照射する腫瘍の部分も動いてしまう。脳腫瘍のように頭部なら、動くこともなく容易ですが、すい臓は特定の部位へ正確に照射するのが至難の業なのです。すぐ近くにある十二指腸は放射線に弱く、絶えず蠕動(ぜんどう)運動をしているので、すい臓と重なれば放射線で穴が開く。ですから、これまでは腸への影響がない程度の線量しか使えず、十分な治療ができませんでした」(同)
そうした治療現場を、「メリディアン」が一変させたと伊丹氏は続ける。
「3次元画像で、患部と周辺臓器の様子を同時に捕捉して、ピンポイントで放射線を当てることができるようになりました。ターゲットの部位をモニター上でマーキングして自動照射しますが、途中で十二指腸が動き放射線が当たりそうになったら、一旦照射を止めます」
つまり、従来の放射線治療が、闇夜に目視で敵に銃を乱射していたとするなら、「メリディアン」は、暗視スコープを付けたスナイパーが、正確に標的の心臓にロックオンし狙撃してくれるのだ。
確実に効果は出ていて、
「ステージIIIの患者さんに5回照射した結果、7カ月の間にがんの増殖を完全に封じ込めることに成功しました。協力関係にあるオランダのアムステルダムにある病院では、同じくステージIIIの42症例すべてに改善が見られた。抗がん剤との混合治療が可能になれば、すい臓がんを根治できる可能性もあります」(同)
まさにがん患者にとっての救世主と言えるが、まだ全世界でも16施設にしか置かれておらず、日本で本格的に稼働しているのはがん研究センターだけ。基本は保険の利かない自由診療扱いだったが、この7月に厚労省が特例で保険診療を認める通知を出したという。
改めて、同病院放射線治療科病棟医長の井垣浩氏が解説する。
「自由診療ですと、1連5回の照射で200万円ほどの費用がかかります。患者さんは会社経営者など、いわゆる富裕層の方が大半でしたが、保険適用になると、治療費用は通常の放射線治療と同じ扱いになります。具体的には、トータルで20万円ほどの金額で済む計算です」
むろん、機器も1台しかなくすべての患者を受け入れるのは難しいのが現状で、
「本音を言ってしまうと、通常の放射線治療の保険点数では安すぎるのも課題です。やはり機械も高額ですから、もう少し適切な保険点数にして貰わないと、一般の病院には普及しない恐れがあります。実際、興味はあっても二の足を踏んでいる医療機関は多い。まずは我々が実績をあげて、適切な保険点数に上げて貰えるよう、臨床試験を続けたいと考えています」(同)
がんを撃退する一筋の光が、患者たちの未来を明るく照らし始めている。
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