便所なき飲食店体験 ※食事中には読まないで(中川淳一郎)

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 普段から我々はシャーッと小便をし、ブリブリと大便をしては「はーっ、スッキリした」なんて毎日安易にやっています。便所なんてどこにでもあるさ、と考えていたのですが、時々は有難味を感じてもいいのでは。

 毎週日曜の夜に予約しているしゃぶしゃぶ店から昼間に電話があったんですよ。何かと思ったら、その店が入るビルの便所の配管が詰まり、使えなくなったというのです。上層の居住階は問題ないのですが、同店を含めた店舗階で便所が使えなくなりました。

「本日、予約はどうしますか?」

「他のお客さんはどうですか? もしも我々だけでしたらキャンセルしますが」

「キャンセルは出ていますが、他にもお客さんはいらっしゃいます」

「ならば本日もよろしくお願いします」

 とやり取りをし、行くことを決定しました。従業員は300メートルほど離れたコンビニの便所を使わせてもらっているようです。しかし私の同行者は自らを「水呑み百姓」と呼ぶほど大量に水を飲みます。店では2人でビールを中瓶で4本飲み、彼女は水を250ミリリットルほど入るグラスで3~4杯は飲み、3回便所へ行きます。

 そのため、この日は途中から焼酎の水割りに変更することを決めたほか、直前に水を飲まず、店の近くの公衆便所で、膀胱に残っている尿を最後の一滴まで排出し、ノー便所で乗り切る万全の準備をしたのです。

 そして店に着いたところ、普段は20組以上はいる客がなんと4組。80%以上がキャンセルしたとみられますが、合点が行きました。この店、デートの客が多いほか、飲み放題のプランもあるんですよ。せっかくのデートで小便を我慢するのもツラいし、さーて飲むぞ!となるはずの飲み放題でビールの利尿作用のため20~30分に1回、往復600メートル歩いてコンビニへ行くのも面倒。

 朝の満員電車で「大」をもよおした時なんかは、駅のどんなに汚れた便所であろうが、大いに感謝したものですが、今回も店の便所がいかに偉大かと感じ入りました。何せデートに変更をもたらし従業員の働き方を変えるのですから。

 さて、この日は日本の公衆便所の快適さもしみじみ感じました。アメリカでは、大便器がただ二つ並んでいる便所がありました。男性2人が腰を下ろし、クソをしながらトイレットペーパーを融通し合ってるんですよ。もちろん局部は丸見えです。

 中国では、羊の串焼きの名店に行ったところ、ただ穴が開いただけの便所があり、大便がこんもりと穴の下15センチほどまで積もっていて、巨大な地下蟻塚のような様相を呈していました。しかもなぜかその個室の中には鶏がいて、いつ尻を突かれるかビクビクしながら用を足すのです。

 パキスタンでは、大便器の脇に低い壁はあるものの前からは丸見えの便所で大便をしました。紙はなく、桶で尻に水を流し不浄の手である左手を使って、大便に思いっきり触らぬ程度で洗浄する。

 ちなみに冒頭のビルの店舗階には誰でも使える便所があり、修理をした業者が管の中からタオルを見つけたとのことで、今後は不届き者が使わぬよう鍵をかけることも検討するようです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年10月4日号掲載

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