思い込みへの警鐘。林真須美は本当にやったのか(石田純一)
石田純一の「これだけ言わせて!」 第5回
先ごろ、体操界の「女帝」と呼ばれる女性がメディアから猛攻撃を受けた。18歳の女子選手が、強化本部長であるこの女性からパワハラを受け、コーチから引き離され、本部長傘下の体操クラブに強引に勧誘された、と訴えたからだ。以後、女性が「女帝」としていかに体操界を牛耳り、私物化し、横暴のかぎりを尽くしてきたか、テレビは連日、センセーショナルに報じ、雑誌も激しく書きたてた。
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しかし、どの報道も、女子選手は本当に本部長のパワハラを受けたのか、彼女をコーチから引き離したのは本当に本部長だったのか、という原点を検証しなかった。女子選手の訴えが信用され、メディアが本部長を「パワハラ」の常連の「女帝」だと決めつけた根拠は、実は「18歳の子がウソをつくはずがない」という印象論にすぎない。
先日、体操協会の内部資料を確認する機会があったが、それによれば、女子選手がコーチと引き離されたのは、コーチが暴力を理由に女子選手の所属先から登録を解除されたためで、そこに本部長は関わっていない。本部長が「女帝」と呼びうる存在であったのかどうか、僕は知らない。だが、少なくとも、女子選手の訴えは、多分に選手自身の誤解にもとづいていたのだ。
そこで思い出すのが、20年前の和歌山カレー事件である。林真須美死刑囚とその夫は、事件の前から保険金詐欺の常習犯で、殺人未遂事件まで起こしており、当初からメディアもふくめ、カレーにヒ素を混入したのは彼女だと決めてかかった。
ところが、林死刑囚がカレーにヒ素を混入したことを裏づける直接証拠はない。状況証拠しかなかった。とはいえ、次の三つが一致すれば、有罪を99%証明できる有力な状況証拠となっただろう。林家にあったヒ素、カレーへの混入に使われた紙コップに残っていたヒ素、そして、実際にカレーに入ったヒ素。
検察から依頼された東京理科大の中井泉教授の調査で、これら三つは「同一」だとされた。だが、実は「同一」という単語についての認識が、検察と中井教授とでは異なっていたのだ。中井教授が鑑定したのは、同一の工場で同じ時期に同一の原料から作られたということにすぎず、そもそも教授は、三つが同一であるということまで突き止める必要性を認識していなかったのだ。これでは、林死刑囚を実行犯とする決定的証拠は失われる。再審も視野に入れるべきではないだろうか。そう考える理由はほかにもある。
弁護側が再審請求の際に依頼した京大の河合潤教授は、さらに踏み込んで、三つのヒ素が同一でないことを解き明かした。また、林死刑囚には動機がない。最高裁は、動機のあるなしで有罪とする合理性は損なわれないと判断したが、林真須美夫妻は保険金詐欺のプロ。そして、ある他のプロの保険金詐欺師は「プロはカネにならない殺しはしない」と明言している。次に、林死刑囚はカレー作りの現場を20分ほど離れている。だから、ほかの人がヒ素を混入する可能性も否定しきれないのに、それが検証されていない。最後に、和歌山県警の科学捜査研究所の研究員が、2010年5月~12年1月の交通事故や変死事件のうち、少なくとも6件で証拠を偽装していたことが判明し、証拠隠滅や公文書偽造で有罪になっている。彼は林死刑囚を捜査した一人なのだ。
昨年、再審が棄却された。いま、平成の事件は、死刑執行もふくめて平成で完結させようという風潮があるが、安易にそうしていいのだろうか。18歳の主張は「すべて正しい」という根拠のない思い込みから、体操の「女帝」に対する魔女狩りが始まった。林死刑囚に対しても、保険金詐欺のプロなんだから、、という先入観が働いたのは間違いない。思い込みで決めつけることの怖さを自覚しても損はない。そう思っている。