面倒くさいから独りで逝きたいわよ――「樹木希林さん」が本誌に語った死生観
「人生が違ってるから」
〈1961年文学座に入り、ドラマの老け役などで人気を博した樹木は、その強烈な存在感で個性派俳優としての地位を築き上げてきた。この間、乳がんの前には網膜剥離で左目を失明するなど大病を経験したが、仕事が途切れることはなかった。〉
がんになると仕事をしなくなる人もいるって聞くけど、あたしの場合、(女優を)50年もやってるとね、義理の仕事がやめられなかっただけ。だからこうして来年のアカデミー賞の仕事のことまで心配しなきゃならないわけですよ。生きてればね、義理があるから。そんな感じで生き続けてるんですよ。でもね、もう70歳を過ぎたらね、もうこの歳になったら他人に文句を言われなくてもいいわよねって思ってるんです。ここまで生きたからもういいんじゃないってね、あははは。でも別にね、何か覚悟を決めてるとかそんな素晴らしいものではないの。ただ、欲がないだけ。あたしは欲がないの。いや、まったくというわけじゃなくて、みんなとは欲をかくところが違うのかな。なんて言うか、他の人とはいろんな意味で人生が違ってるからね、あたしはさ。
〈確かに樹木の場合、芸風もそうだが私生活も極めて個性的かつ波乱万丈である。デビュー時の悠木千帆という芸名は後にチャリティオークションで売ってしまうし、73年に内田裕也(73)と再婚するも2年後には別居。が、81年に内田が勝手に離婚届を出すや、離婚無効の訴訟を起こして勝訴する。なのに現在まで別居状態は続き、それどころか内田が交際女性への強要未遂などで逮捕された一昨年5月には、自らも肋骨を折られたり包丁を振り回しあった夫婦関係を、本誌で赤裸々に告白していた。
そうしたあまりに特異な言動故に、いったいどこまでが本意であるのか計り難い不可思議さを常に漂わせている稀有な女優だが、今回の衝撃告白についても、こんなふうに煙に巻く。〉
こんなこと言うとまた誤解が大きくなるかもしれないけど、まあ言ってみればね、アカデミー賞の次の日の新聞には、だいたいあんまり(ニュースとして)載らないんですよ、いつもね。載るのは“エリカさま”とか“AKB”とかになるんですね。でも今回は、お陰さまでずいぶん大きく載せていただいて。だからまあ、喋ったこともいいんじゃないかな、興行的には。
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