高校生の目を通して見る産院のリアル「透明なゆりかご」(TVふうーん録)

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 テレビで報道される事件をそのまんま受けとめるのは怖い。母はテレビで事件の加害者を観ると、「やっぱり悪い顔してるわね」と決めてかかる。もちろん事件の内容にもよるが、「介護を苦にして」「虐待の疑いあり」「痴情のもつれ」「なんらかの事情」を鵜呑みにしていいのかなと思う。年をとればとるほど、先入観と思い込みの恐ろしさに鈍感になるのかもしれない。

 老害にならぬよう、そして襟を正すよう導いてくれる秀逸なドラマがあるので紹介したい。NHKの「透明なゆりかご」である。

 産科医院でアルバイトする看護助手の高校生が主人公だ。新しい命の誕生の場である産科は、幸福に満ちた形、または説教臭い「いのちの教育的指導」で描かれることが多い。でもこのドラマは主人公の素直な視点で「命とは?」「母性とは?」「女の幸せとは?」を問うていく。もちろん、女子高生の実直で直球の疑問や若さゆえの思い込みもある。それでも「世間体」「社会性」「正義感」では決して片付けず、曇りなき眼で見つめる「産院の現状」を描く。

 不器用で言葉足らずな主役を演じるは清原果耶(かや)。大人の間でうまく立ち回れるほど小賢しい娘ではないが、妊娠・出産・中絶について、彼女なりに必死に考える。妊婦の心情と背景をちゃんと慮(おもんぱか)る。その姿が心を打つ。

 たとえば、第1話。15年の不倫の末、出産した妊婦(安藤玉恵)。育てる気ゼロだったが、清原の真摯な介助で親の自覚が芽生え、無事に退院。しかしひと月後、その赤ちゃんが授乳中の事故で死亡する。世間からも看護師たちからも、育児放棄と虐待死を疑われるが、清原は想像する。初めての育児で疲れた安藤が授乳中に寝ちゃったのだと。赤ちゃんは母の愛に包まれながら死んだのではないか、と。

 第2話は女子高生(蒔田彩珠(まきたあじゅ))が家の風呂場で出産し、産院に赤子を捨てた話だ。清原は説教しようといきり立つも、思いを馳せる。誰にも相談できず、孤独と激痛に耐えて出産した蒔田。産後のしんどい体でも、赤子を救うために必死で産院へ来たのではないか、と。

 第6話は、中絶を専門とする医者夫妻(イッセー尾形と角替和枝)の家で、格安の中絶手術を受ける女子(モトーラ世理奈(せりな))との交流だ。格安中絶は無責任で罪悪感を薄れさせると抗議した清原だが、中絶する女たちの心情に触れ、思い直す。

 清原はさまざまな妊婦に出会い、人には人の複雑な事情と感情があることを学ぶ。母になった人も、ならなかった人も決して責めず、正論をふりかざさないのだ。

 清原が働く産院の院長・瀬戸康史(こうじ)は、女性に寄り添う理想の産科を目指して開業。勤務医時代に、14歳の妊婦(花田優里音(ゆりね))とその母(長野里美)を支えて、独立を決意した過去がある。

 幸福な出産だけではない。産後出血で妻を亡くした若い男性(葉山奨之(しょうの))の奮闘や、不妊治療や持病で前途多難な妊婦も描く。清原という透明なフィルターを通し、産科の現状を綺麗事や絵空事で終わらせない。奥行と余韻を味わえる良質な作品に、身も心も震えている。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年9月13日号掲載

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