北朝鮮「建国70年」の実相(4・了)金正恩「態度」と「言葉」の意味

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 ドナルド・トランプ米大統領は9月4日の文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領との電話会談で、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長へのメッセージを伝えるように依頼しており、特使団はこれも伝えた。これに対して、金党委員長も韓国の特使団に、非核化に関連して米国にメッセージを伝えるように要請したという。

米国への「メッセージ」は?

 鄭義溶(チョン・ウィヨン)韓国大統領府国家安全保障室長は、その内容は明らかにできないとしたが、気になるのは北朝鮮側が核関連施設の「申告」や「査察・検証」にはまったく口をつぐんでいることだ。マイク・ポンペオ米国務長官が訪朝を検討した時に考えたように、北朝鮮の「核の申告」と、終戦宣言を同時履行することができるなら、膠着状態の米朝交渉を打開することは可能だが、北朝鮮がまったく「申告」や「査察・検証」を考えず、別のアプローチを考えているなら問題はより複雑になる。

 金党委員長は、北朝鮮の先制的措置に対応する措置を米国が取るなら、さらに非核化への追加措置を取るとしているが、それは何なのか。

 鄭義溶室長は9月6日、ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)に電話で金党委員長のメッセージを含む訪朝結果を伝えた。トランプ大統領の日程が混んでいるというが、鄭義溶室長が直接、トランプ大統領に説明する予定は現時点ではない。その一方で韓国政府は、中国には鄭義溶室長が訪中し、日本には徐薫(ソ・フン)国家情報院長が訪日して訪朝結果を伝えた。

金正恩氏の訪米は消える

 一方、鄭義溶室長は、9月の国連総会の場での終戦宣言採択の可能性について「9月の国連総会での南北米の首脳会談は実現しないとみられる。首脳会談推進のための条件が準備されていない」と語り、金党委員長が国連総会出席のために訪米し、米国で終戦宣言をするという「ビッグディール」の可能性はなくなったとの認識を示した。

 ボルトン補佐官も、ホワイトハウスが第2回米朝首脳会談を調整中とした9月10日にワシントンで記者団に対し、金党委員長が国連総会のためにニューヨーク入りすることは考えていないとした。

米朝首脳の「ツイッター・書簡外交」

 金党委員長の発言でもう1つ注目されるのは、トランプ大統領への信頼を直接的な表現で伝えたことだ。北朝鮮はこのところ下から合意を積み上げていく交渉方式を「古い方式」とし、トップダウンの「新しい方式」で交渉をすべきだと主張している。金党委員長はトランプ大統領との2回目の首脳会談を通じた状況打開を考えているのだろうか。

 トランプ大統領は韓国特使団が伝えた金党委員長のメッセージに対して、9月6日に早速ツイッターで「金委員長に感謝する。我々は共に(非核化を)成し遂げる」とエールを投げ返した。

 トランプ大統領は同日、モンタナ州での演説で、金党委員長がトランプ大統領の1期目の任期内に非核化に意欲を示したことに対して「すばらしい」と評価し、非核化のプロセスについて「ゆっくりやればよい」と述べた。

 さらに9月7日、中西部ノースダコタ州に向かう機中で、金党委員長からの書簡が届くと記者団に語った。この書簡は9月7日に板門店で開かれた、米兵遺骨の発掘などについての朝鮮人民軍と在韓国連軍司令部が行った将官級会談の場で伝達されたという。トランプ大統領は「前向きな書簡だと思う」と期待感を表明した。

 一方、米政権の幹部たちは今回の韓国特使団の訪朝結果については比較的慎重な姿勢を崩していない。金党委員長が非核化について「トランプ大統領の1期目任期内」というスケジュールを示したが、発言に核の申告などの具体性がないためだ。当面は9月18~20日の南北首脳会談で北朝鮮側がどういうカードを出してくるかを見た上で判断する、という姿勢だ。しかし、『ワシントン・ポスト』記者で、ウォーターゲート事件報道で当時のリチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込んだボブ・ウッドワード氏の最新刊『恐怖―ホワイトハウスのトランプ』でホワイトハウスの内情が暴露されて苦境にあるだけに、再び「北朝鮮カード」に魅力を感じる余地はありそうだ。

「終戦宣言と在韓米軍は関係ない」

 金党委員長の発言でさらに注目されるのは、米国や韓国の一部で提起されている「終戦宣言をすれば、米韓同盟が弱体化する、在韓米軍を撤収しなければならなくなる」という憂慮に対して「これらは終戦宣言とはまったく関係ない」と否定したことだ。

 金党委員長は、終戦宣言が在韓米軍の撤収や米韓同盟とは関係がないとすることで、終戦宣言の採択に消極的になっている米国の危惧を解消しようとしたと見られる。

 その上で、金党委員長は北朝鮮がこれまで取った措置を米国や国際社会が評価していないことを嘆いたとした。特使団によると、金党委員長は非核化の意思を明確にし、「非核化に必要な措置を先制的に取ったのに、こうした善意を善意として受け取ってほしい。豊渓里(核実験場)の坑道の3分の2は完全に崩壊し、核実験は永久に不可能だ。東倉里のミサイルエンジン試験場もわが国で唯一の実験場で、これは今後の長距離弾道ミサイルの実験の完全中止を意味する。大変に実質的な意味のある措置だが、こうした措置に対する国際社会の評価が低い」と語り、これと関連して米国へメッセージを伝えることを要請したという。特使団の鄭義溶団長は、このメッセージの内容は公開できないが、金党委員長が「自分が下した判断が正しい判断だったことを感じることができる条件をつくることを希望する」と述べたとした。

 金党委員長の言うように、核実験場の閉鎖やエンジン試験場の解体が本当に意味のあるものであるなら、なぜ国際社会の立ち会いなどを認めなかったのかが疑問だ。国際社会が衛星情報で判断するのではなく、今からでも外部の専門家の検証を受けるべきであろう。

実は特使団だけの「1人飯」

 韓国の特使団は9月5日午前中に金党委員長との会談を行った。その後、金英哲(キム・ヨンチョル)党統一戦線部長らと昼食を取り、同日午後3時ごろから、9月18~20日で合意した南北首脳会談についての実務協議に入ったという。特使団は同日午後5時半頃、平壌からソウルへファックスで「晩餐後、午後8時頃出発するだろう」と連絡をしてきた。実際には午後8時40分ごろ平壌を出発し、同9時40分ごろソウル空港に到着した。約11時間40分の平壌滞在だった。

 特使団は当初から日帰りの予定で、平壌での夕食は予定に入っていなかった。ソウル側では当初の予定になかった「晩餐」までするのだから、協議は極めて良好に進んでいるようだという楽観的な見方が広がった。同じメンバーの特使団が3月に訪朝した時には李雪主(リ・ソルジュ)夫人まで登場して晩餐会が行われたという「実績」もあった。韓国政府は「誰と晩餐を取っているかは不明」と説明したが、金党委員長が出席しての晩餐会や、悪くても金英哲党統一戦線部長が出席しての晩餐会という見方が多数だった。

 しかし、9月6日になって分かったのは、韓国の特使団は韓国側のメンバーだけで夕食を取ったという事実だった。青瓦台の会見で記者が「晩餐というのは客を招待して一緒に食べるということではないのか」と質問すると、金宜謙(キム・ウィギョム)報道官は「晩餐の晩は時刻が遅いという晩だが……、そのような意味の晩餐は予定になかった」と苦しい答弁をした。午後3時からの実務協議が長引いたために、北朝鮮側がただ「食事をして行ったら」と勧めて、これに応じたということらしい。平壌からのファックスが単に「夕食を取って帰国」という内容なら誤解を生まなかっただろう。しかし、韓国の大統領の特使が5人も来ているのに、北朝鮮側の要人が相手もせず「1人飯」をさせる北朝鮮も北朝鮮だ。しかし、韓国特使団の「1人飯」は、ある意味では現在の南北関係の実情を示しているのかも知れない。

米国は朝鮮半島担当チームを整備中

 米国は3月以来、空席だった北朝鮮担当特別代表にフォード・モーターのスティーブン・ビーガン副社長を起用したのに続き、朝鮮半島チームを整備中だ。

 ビーガン氏の前に特別代表をしていたジョセフ・ユン氏は国務省の韓国・日本担当の東アジア太平洋副次官補を兼務していたが、ビーガン氏は北朝鮮担当特別代表だけを引き受け、マーク・ナッパー前駐韓米国大使代理が8月29日、韓国・日本担当の同副次官補代行に任命された。ナッパー氏は日本と韓国での勤務経験が豊富で、約1年半にわたり駐韓大使代理を務めただけに、「代行」ではなく正式に副次官補になる可能性も指摘されている。

これは、ジョセフ・ユン氏の職務を分け、ビーガン氏が北朝鮮担当に専念できるようにするための人事と見られる。

 また、8月まで韓国・日本担当の東アジア太平洋副次官補と北朝鮮担当特別代表代行を務めていた国務省のマーク・ランバート朝鮮部長は北朝鮮を担当する副次官補代行になったという。ただし、これが一時的な措置か正式の人事かは不明だ。ランバート氏は北朝鮮の金英哲党統一戦線部長が5月に訪米してポンペオ国務長官と会談した時に協議に同席するなどして、北朝鮮との交渉に深く関わってきた朝鮮問題専門家だ。

 ジョセフ・ユン氏が担当していた業務のうち、韓国・日本担当をナッパー氏が担当し、北朝鮮をビーガン特別代表とランバート副次官補代行のコンビで担当し、北朝鮮業務を担ってきたアレックス・ウォン東アジア・太平洋担当副次官補も加勢する布陣と見られる。

 国務省の東アジア・太平洋担当次官補に指名されたが、後ろ盾だったレックス・ティラーソン国務長官が解任されたために辞職したスーザン・ソーントン次官補代行の後任も、人選が進んでいるという。デイブ・スティルウェル元空軍准将や、この間、板門店で北朝鮮との実務協議を担当してきたソン・キム駐フィリピン大使などが候補に挙がっているという。

北朝鮮は米の破格的提案を拒否か

 韓国の『聯合ニュース』によると、文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐官(延世大名誉教授)は9月7日、議員会館で開かれた講演で「米朝間の核に関連した申告・査察の交渉は外交秘密だから私には分からない」と前置きしながらも、「米国のソン・キム駐フィリピン大使が核の申告・査察に関連してかなり破格的な譲歩をしたが、北側がこれを拒否したと聞いた」と述べた。

 文特別補佐官は、北朝鮮が核活動の「凍結」をした後に、申告などを省略し、すぐに核兵器の解体などに入れば、トランプ大統領の残り約2年の任期内の非核化は可能だとした上で、「米国が『核物質、核弾頭をまず20~30個搬出して廃棄せよ』と要求したという話が出ているが、北朝鮮がこれを拒否したという」と述べた。

 文正仁特別補佐官の講演内容は直接的な言い方を避けているが、これはソン・キム大使が板門店での北朝鮮との実務協議で、「凍結→申告→査察・検証→解体・搬出」という正常なプロセスでなく、「申告→査察・検証」を省略するやり方を米国側が提案したのに、北朝鮮側が拒否したということだ。文正仁特別補佐官は、北朝鮮がこれを拒否した最大の理由は米朝間に信頼関係がないからだ、と指摘している。

 トランプ大統領は6月12日の米朝首脳会談で、口頭で朝鮮戦争終戦宣言の採択を約束したという一部報道も出ているが、米政府はこれを公式に否定していない。

 党機関紙『労働新聞』は8月17日付の「終戦宣言の採択は時代の要求」という論評で、「米国は当然、終戦宣言採択などの段階的、同時的な坑道措置を通じ、相互信頼を実践によって示すべきだ」と主張したが、北朝鮮にとっては、米朝の相互信頼を示す最初の対応が「終戦宣言」の採択であると考えているようだ。

米朝首脳再会談への危惧

 米政権内では、第2回米朝首脳会談の開催を危惧する声が多いという。北朝鮮の非核化の具体的な内容が何も協議されていない状況で会談を開いても、ショーとしての意味しかないという見方だ。だが、中間選挙を前にしたトランプ大統領は、その「ショー」を必要としている。

 第1回首脳会談は最初の歴史的な出会いだったから、原則的な合意にも意味があったが、2回目は中身のある合意をしなければならない。しかし、その中身となる非核化について米朝間の具体的な協議が進んでいる兆しはない。非核化の具体的な協議を飛び越えて、第2回会談の時期や場所などについての調整が行われている。

 米国務省のヘザー・ナウアート報道官は9月11日、ポンペオ国務長官の4回目の訪朝に関する質問に対し、「今すぐに飛行機に乗ったりする計画や準備はない。現時点では発表すべき訪問や会談はない」と、ポンペオ長官の訪朝計画は当面ないとした。

 北朝鮮は、専門家が協議を通じて合意を生み出していく方式を「古い方式」、トップダウン式のやり方を「新しい方式」とし、「新しい方式」による問題解決を求めている。北朝鮮からすれば、トランプ大統領の第2回会談への前向き姿勢は大歓迎だ。しかし、トランプ大統領や金党委員長のキャラクターを考えれば、非核化の細部までトップ間で協議できそうにはない。米朝間ではEメールを含めて毎日のように連絡できていると言うが、ポンペオ長官の訪朝計画がないことからも明らかなように、非核化をめぐる具体的な交渉が進んでいるとは言えないのである。

 そうなってくると、北朝鮮問題の次の焦点は、9月18~20日に平壌で開かれる3回目の南北首脳会談だ。文大統領としては、ここで北朝鮮から非核化で何らかの譲歩を導き出し、その成果を持って訪米し、9月下旬に予定されている米韓首脳会談で米国側に説明して、膠着状態の米朝交渉を再び稼働させ、米朝首脳会談にどうつなげるかが重要な課題だだ。

 文大統領は9月11日に行われた閣議で、「今や、北韓(北朝鮮)が保有中の核を廃棄する一段高い段階に上がるなら、もう一度米朝首脳間の大きな構想と大胆な決断が必要だ」と指摘した。

 文大統領はその上で、「韓半島の完全な非核化は基本的には朝米間で交渉して解決しなければならない問題だが、朝米間の対話や意思疎通が円満になるまでは、われわれが間に入って仲裁し、促進する努力をしないわけにはいかない」とし「トランプ大統領も金正恩党委員長も私にそういう役割をしてくれと要請している」と強調した。

 平壌での3回目の南北首脳会談で、北朝鮮の非核化について何らかの前進があれば、それは第2回米朝首脳会談につながる可能性がある。それが、米韓側が当初考えた北朝鮮の核の申告と終戦宣言の同時履行という方法になるのか、「申告、査察・検証」などを省略して核兵器や核物質の解体・搬出などを前倒しするような方式になるのかは、まだ不明だ。米朝の信頼関係がまだない状況では、短期的な米朝どちらかの譲歩か、韓国の仲介が必要だろう。

 経済問題などで支持率の下がる文大統領にとって、3回目の南北首脳会談は失敗が許されないだけに、「仲介交渉人」の手腕が問われる場になるだろう。(了)

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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Foresight 2018年9月13日掲載

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