Nスペ「実録ドラマ 警察庁長官狙撃事件」スタッフが熟読した“一冊の文庫”

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共にリアルな“対決”場面

 だが、単なるガンマニアではない。中村受刑囚は1930年生まれ。旧制水戸高校から東大教養学部理科二類に進学するも、革命運動に没頭。大学を自主退学すると、革命資金を捻出するため金庫破りに手を染める。

 56年、犯行現場に向かう途中、車の中で寝入ってしまっていたところを、当時22歳の巡査に職質されたため射殺。無期懲役の判決が確定して千葉刑務所に収監される。これが“怪物”たる彼の原点と言っていいはずだ。では、鹿島と中村受刑囚が初めて対面する場面を新潮文庫から引用しよう。

《緊張しながら、面会室で待つと、その小柄な老人は現れた。これが中村との一番最初の出会いだった。
 この時、彼は、『週刊新潮』の記事が、当初、一時的に関連を疑われていた八王子のスーパーの事件にも触れていたので、厳しい表情で、「八王子の件はまったく根拠がない。それなのに、私の実名と顔写真を出し、あれだけのことを書いたのは、言葉による暴行ですよ」と苛烈(かれつ)な言葉を口にした。私に対して怒りを抑えきれない風であった。
 しかし、話が記事中の長官狙撃事件に移ると、冷静な表情になり、確かにこう言ったのだ。
「私のことを長官狙撃事件と結びつけて書いたのは、『週刊新潮』が初めてで、一誌だけですから、それについては、スクープとして認めてあげます」》

 人を喰った物言いは、まさにNHKの実録ドラマを彷彿とさせる。映画『羊たちの沈黙』のジョディ・フォスター(55)とアンソニー・ホプキンス(80)を連想した方もおられるだろうか。

 だが、こちらは当然ながらノンフィクションだ。作り物ではない。活字で記されているにもかかわらず、真にリアルな肉声が伝わってくる。鹿島と中村受刑者の会話を、もう少しご紹介しよう。先に喋ったのが中村受刑囚だ。

《「長官狙撃事件の特捜本部には、プロというか、分析できる者がいない。だから、重大な点を見落としてしまうんですよ」
「特捜本部は見落としていますか」
「見落としだらけです。たくさん、見落としています。警察だけでなく、マスコミもですがね。当事者の立場に立って分析しないと、この事件は理解できません。私にはそれができる」
「中村さんは、この事件についてはよく知っているということですか」
「そうです。誰よりもよく知っています」
 はやる気持ちを抑えながら、私は次の質問を繰り出そうとした。
「では、長官狙撃事件について、ご自身の口から……」
「ですから」
 と、中村が私の質問を遮った。
「私は長官狙撃事件については、否定も肯定もしない。だからこそ、客観的な分析ができるんです」》

 否定も肯定もしないという文言は、イッセー尾形も台詞として口にしていた。名場面だったが、現実の取材現場では、こんな風にして口にされていたのだ。

 文庫版で「エピローグ」が終わるのは428ページ。大部だからこそ、公安部と刑事部の対立などは、NHKスペシャルより細かく詳述されている。登場するキャリア警察官に卒業大学が付記されているのも興味深い。東大、京大という正真正銘の秀才たちが、ある意味では天才の中村受刑囚をそっちのけにして、暗闘を繰り広げて蠢く。

 NHKスペシャルのドキュメンタリーパートは「取材は続いている」というテロップで終えた。一方の新潮文庫は「中村泰という男をめぐる大捜査の物語は終焉(しゅうえん)を迎えた。司法執行機関による刑事処分の実施という観点での真相究明は完全に潰(つい)えたのである」と結んだ。

 双方に通底するものと差異。未見、未読の方は、ぜひ目を通していただきたい。新潮文庫版は税別630円。実録ドラマの再放送は9月13日午前1時に予定されている。

週刊新潮WEB取材班

2018年9月9日掲載

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