フジテレビ凋落とお台場移転の意外な関係

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地域再生の成功学(4)

 市街地の再生計画と言えば、古くなった建物を取り壊し、最新式のインテリジェントビルを新築するという「ゼネコン仕様」が相場である。しかし、利便性・機能性を追求するほど「どこにでもある無個性な街」が出来上がり、かえって「町の賑わい」が失われるケースが多いという。

「地元の景観に馴染んだ古い建物を壊すのはもったいない」と指摘するのは、都市再生プロデューサーの清水義次さん。「リノベーションして地域再生の拠点として活用すれば、街に活気が生まれ、コストもわずか5年ぐらいで回収できる」と主張する。

 実際、清水さんは、東京神田の閉校した中学校をアートセンターとして再生した「3331 Arts Chiyoda」をはじめ、日本全国で遊休不動産をリノベーションしたまちづくりを実践し、注目を集めている。

 地域再生のプロ、藻谷浩介さんも、清水さんの仕事を高く評価する一人。藻谷さんの著書『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮文庫刊)に収録された2人の対談から、一部を再構成してお伝えしよう。

リノベーションのコツ

藻谷 古い建物をリノベーションすると聞いて気になるのが、耐震問題です。古くてちょっと面白い建物って、たいてい建築基準法・消防法上はNGという物件で、建て替えなきゃいけなくなるケースが多い。でも建て替え資金は膨大だし、新築されるのは大概つまらない建物で、「場」が死んでしまう。

清水 これは経済合理性から考えていくことが重要です。

 ゼネコンに相談すると、必ず建て直しを前提に話が進みます。でも、解体撤去・新築で投資を回収しようとすると、どうしても20~40年の事業計画になってしまう。これは極めて投資効率が悪い話です。しかも、大型の再開発プロジェクトは共有部分が大きくなるので、その分利回りも悪くなる。本当は最初から不採算プロジェクトなのに、国の補助金をぶち込んで、何とか成り立っているように見せかけているのが実態です。はっきり言って、解体撤去・新築で事業が成り立つのは千代田区・中央区・港区のごく一部だけだと思います。

 だから私はまず「リノベーションは最長5年以内で投資を回収できるかどうかで考えましょう」とオーナーに言います。内装や電気系統を改めるだけなら、大抵3年ぐらいで元が取れます。

藻谷 でも耐震補強が必要となる物件が多いですよね。よく「耐震補強は新築よりも金がかかるから、結局更地にして駐車場にした」なんて話を聞きますが。

清水 それは、建物の現状を変えないまま基礎部分から耐震補強をやろうとするからです。今は減築耐震補強という合理的な方法があります。たとえば古いペンシルビルだと、最上階にエレベーターの機械室が載っかっています。でも、今のエレベーターは機械室の無いものがほとんどですから、機械室のフロアを切り取ってしまえばいいんです。

藻谷 最上階の重しを取り除いてしまえば、耐震補強のコストは激減すると。

清水 どの程度減築すれば、エレベーターの入れ替えを含むコストが抑えられるのか、プロと一緒に厳密に詰めていく必要はありますが、極めて経済合理的な方法です。

藻谷 新築か駐車場かの二者択一ではなく、その中間で生き延びていく道がいろいろある。その方が街並みの記憶も残せるし、魅力的なまちづくりができるわけですね。

東大とフジテレビがダメな理由

清水 あとリノベーションで大事なのは、なるべく壁を取っ払って、街に対してオープンな建物にすることです。

藻谷 そう言われれば、このアーツ千代田の建物も、隣の公園から自由に行き来できるようになっていますね。

清水 区と交渉して、中学校時代の外塀をぶち抜いて、テラス階段で公園とつなぎました。このオフィスもガラス張りで外から丸見えにしています。外の世界とオンサイトでつながっていないと、クリエイティビティが死んでしまうんです。

藻谷 それなのに、大手町あたりの新しい超高層オフィスビルは、何重にもセキュリティを設け、ガチガチに城塞化しています。昔は自由に出入りできたのに。

清水 アンチ・クリエイティブ・オフィス。会社が滅びるワンステップです。

藻谷 かつて創造性に満ちていたフジテレビが苦戦しているのも、お台場移転のせいなのでは。新宿区の曙橋にあった頃は近くに荒木町とか怪しい街があって、その刺激で面白い企画が生まれていた。日本テレビも汐留というつまらない街に行きましたが、一歩出れば新橋だからまだマシです。

清水 お台場はあきまへん(笑)。

藻谷 逆に中央区の新川にある内田洋行の本社は、社長が旗を振って、社員以外の一般人も出入り自由という、画期的な完全オープンオフィスにしています。

清水 それはいい会社だ。それにひきかえ、東大はダメですね。本郷キャンパスに行くたびに、なんであんな塀で囲んでいるんだろうって、不思議に思います。実際は誰でも自由に出入りできる状態なのに、なぜか「関係者以外立ち入り禁止」なんて書いてあるし。あの外壁を取るだけで、本郷周辺はずいぶん豊かな街になるのに、本当にもったいない。

藻谷 「城塞化」が好きな人に共通するのは、「社会の安全」というものを甘く見ていることだと思うんです。自分の家だけ、高い壁を作ってガードマンを置いておけば、それで安全が守れると夢見ている。

 自分の庭先だけキレイに掃いて、外にゴミを撒いても知らんぷり。他の誰かが我慢してくれるだろう――このような考えの延長線上にイスラム国のような事件が起きてしまうのではないでしょうか。

清水 その通りだと思います。

藻谷 かつて都市プランナーの蓑原敬さんが千葉県美浜区の幕張ベイタウンに塀のない小学校を作った時も、地元の人から安全面での懸念が出たと思うんです。でも、蓑原さんは最初から、「学校に塀を作らなきゃいけないようなら、それはまちづくりとして失敗なんだ。塀がなくても、周囲の人がお互いにちゃんと見守っていけるコミュニティを作らなきゃいけない」と考えていました。

清水 やはりリノベーションは街に対して「開いていく」ことが大切なんです。そして、実際に多くのスポットがどんどん開き始めていると感じます。

地域再生の成功学(5)へつづく)

藻谷浩介(もたに・こうすけ)
(株)日本総合研究所調査部主席研究員
1964年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学ビジネススクール留学等を経て、現職。地域振興について研究・著作・講演を行う。主な著書・共著に、『デフレの正体』、『里山資本主義』、『藻谷浩介対話集 しなやかな日本列島のつくりかた』、『和の国富論』、『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』など。

清水義次(しみず・よしつぐ)
(株)アフタヌーンソサエティ代表取締役
1949年、山梨県生まれ。東京大学工学部都市工学科卒。1992年株式会社アフタヌーンソサエティを設立し、主に建築や都市・地域再生のプロデュースに携わっている。現在、公民連携事業機構代表理事、3331 Arts Chiyoda代表も兼任。著書に『リノベーションまちづくり 不動産事業でまちを再生する方法』がある。

2018年9月6日掲載

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