家賃割安エリア「家賃断層」が地域再生の起点になる理由
地域再生の成功学(3)
北九州市の中心地・小倉地区。経済停滞で空きビルが目立ち閑散としていた魚町周辺エリアが、にわかに活気を取り戻している。ここ数年、歩行者通行量が増え続け、従業者数や新規起業者数も急増中なのだという。
なぜ人口減少と経済衰退が続く北九州市で、商業地区の再生が実現したのか? 地域再生の専門家の藻谷浩介さんが注目するのは、「小倉家守プロジェクト」を手掛ける都市再生プロデューサー清水義次さんが提唱する「家賃断層」という概念だ。藻谷さんの著書『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮文庫刊)に収録された2人の対談から、一部を再構成してお伝えしよう。
「家賃断層」とは何か
藻谷 北九州市小倉の家守プロジェクトも、注目を集めていますね。清水さんのご著書『リノベーションまちづくり』(学芸出版社)に載っている「家賃断層マップ」を見た瞬間、「やられた!」と思いました。全国の街中を歩きながら、「この道の先から急に空き店舗が多くなって人通りがなくなる」と漠然と感じていたことを、数字で明確に示しておられる。
清水 一続きの街並みの中で突然家賃が割安になっているエリアが、現代版家守の狙い目となります。しかも、せいぜい半径200メートルぐらいのスモールエリアを狙う。よく地方都市の活性化プランで何百ヘクタールもエリア設定しているものがありますが、それではリアリティのあるまちづくりは出来ません。
小倉の場合、メインストリートの魚町銀天街の一本裏通りにある魚町サンロード商店街に家賃断層があり、いわゆる「駅前好立地」に比べ家賃が半額になっていました。そこで、リーディングプロジェクトとして、十数年使われていなかった2階建ての建物を「メルカート三番街」という店舗施設にリノベーションしました。照明デザイナーのオフィス兼ショールームや、昭和の食器を集めたレトロな食堂、地元クリエイターによるアクセサリーや雑貨のセレクトショップなどを入れて、若い人を商店街に呼び込んだのです。
なぜ「消費」だけでなく「生産」が必要なのか
藻谷 その通り!と膝を打ったのは、「街を“消費”だけの場ではなく、“生産”もする場に変えていく」というお話です。
清水 最初は「自分でものをつくる人なんて、この街にはほとんどいない」と言われました。ところが、「メルカート三番街」が出来たら、「自分もものづくりをやってみたい」という人がウジャウジャ出てきた。そこで、今度は魚町銀天街の空き店舗の2階フロアを借りて「ポポラート三番街」をオープンしました。
藻谷 実は、郊外の自宅の中で1人でこっそり手芸とかものづくりに勤しんでいる人がたくさんいたわけですね。
清水 ただ、そういう一人一人が自立して店をやっていくのは、やっぱり大変です。だから家守の人たちが、「周りに声をかけて5人ぐらい集めなさい」とアドバイスするんです。5人いれば家賃が分担できるし、運営も各家庭の事情に合わせて遣り繰りできるようになるから、断然ラクになる。今「ポポラート三番街」では70人ぐらいの人たちが集まって、ものを作ったり売ったりしています。
藻谷 それぞれが自宅で作業をして、ネットでつながればいいじゃんという人がいるかもしれませんが、やっぱりオンサイトで集まる方が、クリエイティブな相乗効果が生まれやすいわけですね。
清水 それはもう集まってやった方が、どんどん生産性が良くなるし、セールスにもつながっていきますから。しかも、人が集まることによって、街が変わっていきます。魚町では近所に子供を預かる場所が出来た。本当は来街者のニーズを狙って作ったようですが、実際にはメルカートやポポラートで働く女性たちが子供を預けるようになった。さらには、どうせなら近くに引っ越したいという人も出てきて、近くにある空き物件の長屋や古いマンションをリノベーションして住もうという動きが生まれた。
藻谷 シェアハウスも出来たそうですね。赤の他人の若者同士がリビングなんかを共用して一緒に住むシェアハウス。まだ見たことがない人は、なかなか具体的なイメージがつかめないようですね。
清水 そうなんですよ。田舎だと、必ず「男女が一緒に住んで大丈夫なのか」と驚かれます。「いや、今の若い男子は昔と全然違うんですよ」と説明しても、なかなかわからない。この前、NHKの方が小倉に取材に来て、「へぇ、シェアハウスってこんな雰囲気なんだ」って感動していました。
藻谷 小倉家守プロジェクトが始まってまだ4~5年ですが、ずいぶん街の雰囲気が変わったようですね。
清水 おかげさまで400名を超える雇用が生まれ、通行量も3年連続で増えています。確実に街が変わりつつある手応えがあります。
(地域再生の成功学(4)へつづく)