のどかな農業の町が「図書館」で人口増? その意外な理由
地域再生の成功学(2)
岩手県にある人口3万3千人の紫波町に注目が集まっている。駅前のオガールプラザには全国から続々と人が集まり、家賃もうなぎ上り。少子化の時代にあって、町の人口増加も見えてきたという。ごくありふれた農業の町に、どうして全国から人が集まるのか?
地域再生の専門家の藻谷浩介さんが、その「陰の立役者」として注目するのは、紫波町の公民連携開発事業「オガールプロジェクト」に参画する都市再生プロデューサーの清水義次さんだ。
藻谷さんの著書『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮文庫刊)に収録された2人の対談から、一部を再構成してお伝えしよう。
リビングルーム的な空間をつくる
藻谷 実は先日、清水さんがかかわった岩手県紫波中央駅前のオガールプロジェクトをこっそり見てきました。私は案内付きの視察はしないで、1人で行ってお客に交じって動きます。田園地帯の駅前、雪の平日の夕方遅くなのに、図書館兼公民館みたいな建物に人がいっぱいいて驚きました。
清水 あそこは、親父バンドの演奏から、展示会や商品販売、たまに結婚式までやる、何でもありのスペースなんです。
藻谷 確かにスタジオルームはすべて親父バンドで埋まっていました(笑)。それで、図書館の上の方には共用の机があって、学生がたくさん屯っていて……中高年のオジサンの目からすれば無駄なスペースに見えるかも知れませんが、若い人はこういうリビングルーム的な空間を欲しているんだなと感じました。
清水 そうなんです。そして、もっとも画期的なのが、図書館に産地直売所を入れたこと(笑)。
藻谷 もう「農業支援図書館」というコンセプトがすごい。だって、役場でも普通なら、図書館担当と産直担当はまったくかけ離れた部署にいるわけですよね。どうやって実現したんですか?
清水 役場に公民連携室という部署横断的なセクションを新設して、その時々の必要に応じて、教育委員会の隣にしたり、都市計画課の隣にしたり、役場内でどんどん席替えをしながら、プロジェクトを進めていったんです。
藻谷 なるほど、組織上だけでなく物理的にも人材を攪拌したわけですね。
清水 教育委員会など「本好き」だけで図書館作りをさせたら、結局、蔵書数だけが自慢の、読書室付き貸本屋が出来るだけ。でも、じつは図書館は地域で一番の情報ハブセンターですから、それだけじゃもったいない。そこでプランニング段階で、ビジネス支援図書館推進協議会というNPOに声をかけて、秋田県からその道に詳しい司書の方に臨時職員として来てもらったんです。
藻谷 普通の人は、ビジネス支援図書館推進協議会なるものがあることすら知らないでしょう。でも、実はそのようなネットワークが全国にクモの巣のように細く広く張り巡らされているんですね。
清水 一方の産直ですが、すでに周辺には直売所が9つもあった。それらと共存共栄を図りながら、黒字で成り立たせるためには、全体のパイを大きくしなければならない。一方で、どこの産直も生産者が高齢化していて、じつは売り場を維持できるだけの農産物を揃えるのも大変な状況。オガールに新たに直売所を作るのは、正直かなりハードルが高かった。
藻谷 人口3万人あまりの町に、産直が10カ所って、もうメチャクチャ大変な状況ですよね。
清水 ところが、たまたまとてつもなく優秀なマネージャー候補が見つかったと、ある日オガールプラザ社長の岡崎正信くんから連絡がありました。
盛岡の郊外の住宅地にエラく売上の良い直売所があると聞いて、一緒に見に行ったんです。売り場を見た瞬間、あまりのレベルの高さに驚きました。僕は物販のお店もやっていたので、物がちゃんと買いやすい店になっているかどうかは見ればわかります。そこはよくある素朴な初期自然主義型のお店とはまるで違った。JAの佐々木廣さんという方がやっていたのですが、普通の住宅地の中にあるのに、あれだけ売上を作れている理由がよくわかりました。
店舗経営は、優秀なマネージャーさえ見つかれば、ほぼ確実に黒字化できます。そこで早速、佐々木さんをオガールの産直「紫波マルシェ」の店長に迎え入れたわけです。
藻谷 図書館にも産直にも優秀なマネージャーがいて、それがお隣同士でしょっちゅう顔を合わせていれば、自然と化学反応が起こるでしょうね。
清水 そうです。たとえば、産直にキャベツがあると、その脇に『とことんキャベツ100レシピ』という料理本が置かれたりする。すると、キャベツも本もよく動くようになります。
ホテルとアリーナの稼働率を上げる
藻谷 もうひとつ驚いたのが、図書館の隣にアリーナ(観客席付体育館)とホテルが併設されていたこと。2階建てのビジネスホテル兼合宿所みたいな建物があって、高校生がたくさん泊まっていました。普通なら、地方都市の郊外農村部にホテルや体育館を作っても、絶対にペイしない。
清水 あれは岡崎くんが圧倒的なバレーボール人脈を持っていたから出来たこと。全日本の監督クラスから、全国のジュニア指導者まで、ほとんど知り合い。みんなオガールで合宿をやってくれるから、アリーナが高い稼働率を維持できているわけです。
藻谷 地元企業の跡取りの岡崎くんとは、私も昔からの知り合いなのですが、彼はバレーボール界の著名人だったのですか。なるほど、やはりこちらも人脈先行型プロジェクトだったわけですね。でもホテルの経営は素人には難しいんじゃないですか? ホテル業界はビジネスモデルのデファクトスタンダード化が異常に進んでいて、「客室が何室以上ないと経営できない」とかいう話をよく聞きますが。
清水 私は一時ホテルのコンサルもやっていたので、デファクトの話はよくわかります。確かに、億単位の利益を稼いで株主に還元していくためには、デファクト以上のモデルが必要です。しかし、年間2~3千万円の儲けを出すだけなら、デファクトは関係ありません。オガールインは宿泊特化型、つまり部屋貸しがメインですから、小規模でもうまく経営が回せているんです。
(地域再生の成功学(3)へつづく)