なぜ「ケンカツ」の視聴率は最低なのか? データで読み解く失敗ドラマの敗因

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 今クール民放ドラマ12本(GP帯〈19時~23時〉での放送・テレビ東京を除く)の中で、視聴率最低は関西テレビ制作の「健康で文化的な最低限度の生活」(以下、「ケンカツ」)だ。

 これまでの平均が唯一5%台。しかも5~6話で4%台という壊滅的な数字も出している。放送事故に近い低迷ぶりと言えそうだが、制作・演出はどこで失敗していたのか――。

 長年番組制作や経営戦略などに携わったメディア遊民氏に、各種データから敗因を洗い出してもらった。

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ワースト3の視聴率比較【グラフ(1)】

 各ドラマは終盤に入っているが、ここまでの視聴率ワースト3は「ケンカツ」「ゼロ 一獲千金ゲーム」「チア☆ダン」。いずれも初回が1桁で、スタートの躓きが痛い。

 しかも「ケンカツ」の場合、第2話で3割近くも数字を失っており、ワースト3の中では際立って序盤の失敗が目立つ。さらに中盤から後半にかけ、「ゼロ 一獲千金ゲーム」も「チア☆ダン」も一定程度もり返している。ところが「ケンカツ」は、右肩下がり傾向のまま、反転攻勢の兆しが見えない。

 タイトルは魅力的だったのか。ドラマの設定やキャスティングは、視聴者を惹き付けていたのか。物語序盤のつかみは成功したのか。ストーリー展開は、視聴者の心を満足させたのか。残念ながらこれら全てで、課題を抱えていた可能性がある。

ドラマの話題力【グラフ(2)】

 まずドラマがどれだけ話題になっていたのかを検証してみよう。

 女性が主役の4ドラマを比べると、序盤で圧倒したのは松本穂香(21)主演の「この世界の片隅に」だった。Yahoo! JAPANトレンド検索のツイート数では、同ドラマ初回が放送された前後24時間で3万近いツイート数となり、他ドラマを大きく引き離した。
 この数字は、石原さとみ(31)「高嶺の花」の2.5倍ほど。「ケンカツ」に至っては5倍ほどと、大差が生じていた。

 ドラマ中後半のツイート数では、綾瀬はるか(33)「義母と娘のブルース」が気を吐いた。初回が1万弱。2話で6掛けほどに減ってしまったが、3話以降で盛り返した。そして5話で1万を突破、6話で1万8千近くと、全ドラマ後半の中で最高となった。同ドラマの視聴率は、3話以降が右肩上がり。7話で今クール全ドラマの中でトップに躍り出た。話題力と視聴率が一致した例となった。

 だが、このツイート数でも、「ケンカツ」は低迷した。

 初回から7話まで、ずっと4ドラマの最低を記録し続け、後半に盛り返すこともなかった。実はGoogle Trendsによる検索数でも、傾向はほぼ同じ。しかも「ケンカツ」だけは毎話最低で、中後半に盛り返すことも全くなかった。話題性で見た場合、初回から低調で、途中に盛り上がることもなかったと言わざるを得ない。

関西テレビの制作力【グラフ(3)&(4)】

「ケンカツ」は関テレ制作だが、実は同局ドラマはこのところ不調続きだ。
 小栗旬(35)・西島秀俊(47)W主演の「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」(去年春クール)こそ10.5%と好調だった。ところが翌クールから5期連続で1桁に留まっている。

 今回の「ケンカツ」は、今世紀ワーストグループのドラマと比べると、共通点が幾つもある。まず初回の視聴率が低い。2~3話で大きく数字を下げている。そして中後半で盛り返すことがほとんどない。このまま行くと「ケンカツ」は、ワースト3になってしまう可能性がある。

 関テレ過去5ドラマの話題力を比べると、やはり「ケンカツ」の低調ぶりが目立つ。
Google Trendsが調べる検索数で、もっとも数の多かった窪田正孝(30)「僕たちがやりました」初回と比べると、亀梨和也(32)「FINAL CUT」・井上真央(31)「明日の約束」・「ケンカツ」の3本は毎話で極端に低い。特に「ケンカツ」は、過去5作の中で最低のまま。話題作りに完全に失敗していたことがわかる。

序盤の失敗

 では序盤の失敗はどこなのかを分析してみよう。

 まずタイトル。「健康で文化的な最低限度の生活」について、SNS上では評判がかなり悪い。

「タイトル名で敬遠していた」
「漢字の勉強になりそう」
「タイトルのセンスありすぎてしんどい」
「長すぎてすぐ忘れる」
「そもそもタイトルがクソすぎる」
「タイトルと主演で視聴率取れないんだろうなあ」

“気楽に見たい”“どうしても見たくなってしまう”などの気分からは程遠い。「ケンカツ」と略しても、ほとんどの人が元のタイトルを正しく思い浮かべられない代物なのである。

 キャスティングについては、吉岡里帆(25)・田中圭(34)・井浦新(43)・川栄李奈(23)など、いま話題の俳優が揃った。役者については、その時の人気、キャラクターと役とのマッチング、視聴者の好みの問題が関わる。残念ながらエビデンスに基づく論評は容易でないので、ここでは議論を避けることにする。

 ただしドラマの設定や序盤のつかみについては、残念ながら確信をもって失敗と断言できる。

 まず設定。主人公・義経えみる(吉岡里帆)は、大学まで映画マニアだったが、自身に才能がないと気付き、安定を求めて公務員となる。そして生活保護課に配属されるが、この設定を“自分事”として興味を持つ人が多くないのが痛い。
 原作の漫画も、既刊7巻で累計50万部。ごく一部の読者にしか、響いていなかったのではないだろうか。

 次に序盤のつかみ。3話までに3ケースが出てくる。
 最初が妻をガンで亡くした男で、長く電話で話した後、飛び降り自殺をしてしまう。
 2例目は、面接までは行くものの、なかなか採用に至らず自立できない受給者。しかも借金返済のため、月々3万円でやりくりしていることが判明した。借金の整理を勧めるが、本人は気がのらない。粘り強く説得した結果“過払い”が判明し、最後に自立に踏み出せることになる。
 そして3例目が、母子家庭の不正受給問題。バンドが生きがいの息子がバイトをしていたため、全額返済となる。「バカで貧乏な人間は、夢見るなってことか!?」と、高校生の息子は以前のようにグレてしまう。これまた粘り強く接し、学費などの支援制度を活用できることを伝え、返済を納得すると共に、再び音楽の夢を追う生活に戻った。

 ここまでの3話が決定的だった。
 新人ケースワーカーが、最初に受給者の死に直面し落ち込む。ところが初回後半で、2ケース目がうまく行き、俄然自信を持つ。ところが2話で再び挫折し、3話の最後はハッピーエンド。
 どうやら生活保護の現場で成長していく主人公の姿を通じ、福祉問題の理解を促進し、困難を乗り越える姿に感動してもらうタイプのドラマのようだ。

 ただし物語に出てくる困難は、基本的に善良な対応で克服できるケースが多い。ところが現実を見ると、もっと難しい問題が山積している。

 そもそも生活保護費は3.8兆円を超え、増加の一途。当然、納税者の負担増も問題だ。さらに生活保護費が年金受給額より多いケースもあり、制度に納得していない視聴者も多い。
 次に不正受給の問題。所得隠し・暴力団の関与・生活保護ビジネスなどに加え、職員による横領や、役所側の生活保護費抑制問題もある。
 より深刻な課題に向き合わないため、多くの視聴者はピンと来なかったり、“自分事”として見られないでいる。
“つかみ”あるいは物語の展開としては、より深い問題が発生し目から鱗の解決策が出てこないと、ストーリーテリングとして面白くない。

 これらが同ドラマの初回が1桁に留まり、序盤でさらに数字を落とし、その後も挽回することなく終わってきた要因だ。

 去年(2017年)初めに小田原市で、「HOGO NAMENNA(保護なめんな)」と書かれたジャンパーを役所の職員が着ていたことが問題となった。こうした記憶に新しい事件なども取り込み、より大きな困難への対峙と、あっと驚く解決が飛び出し、感動が伴わないと、今の視聴者の多くは納得しない。
 残念ながら同ドラマは、その水準に達していなかったと言わざるを得ない。関テレには次回以降、より面白いドラマを期待したい。

メディア遊民(めでぃあゆうみん)
メディアアナリスト。テレビ局で長年番組制作や経営戦略などに携わった後、独立して“テレビ×デジタル”の分野でコンサルティングなどを行っている。群れるのを嫌い、座右の銘は「Independent」。番組愛は人一倍強いが、既得権益にしがみつく姿勢は嫌い。

週刊新潮WEB取材班

2018年9月4日掲載

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