「表参道ブーム」の仕掛け人 現在は地域再生のカリスマとして活躍

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地域再生の成功学(1)

 バブル崩壊後の1992年――表参道に「ボルドーセラー」がオープンしたのを記憶している「アラフィフ」も多いだろう。地上げ跡地の廃屋を改装した小粋なワインレストランは、瞬く間に遊び人たちのたまり場となり、周囲には次々とオシャレな飲食店や雑貨店が進出。その後の「表参道ブーム」の先駆けとなった伝説の名店である。

 さて、その「ボルドーセラー」のオーナーだった清水義次さんは、じつは現在、地域再生の仕掛け人として大活躍しているのをご存じだろうか。岩手県紫波町、北九州市小倉、東京神田の空きビル街……何の好材料もなさそうな場所で、遊休不動産を活用したまちづくり「現代版家守」をプロデュースし、地域に活気を呼び戻すことに成功しているという。

 清水さんの提唱する「現代版家守」に賛同するのは、ベストセラー『里山資本主義』の著者で、地域再生の専門家の藻谷浩介さんだ。藻谷さんの著書『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮文庫刊)に収録された2人の対談から、一部を再構成してお伝えしよう。

「現代版家守」という発想

藻谷 清水さんが取り組む「現代版家守」。この言葉を最初に聞いたのは10年以上前ですが、改めてそのイロハと最新の展開を教えて下さい。

清水 「家守」とは、江戸時代に不在地主に代わって家屋などの管理をしていた「長屋の大家さん」のこと。これを現代に蘇らせて、遊休不動産を活用したまちづくりを進めています。

 もともと私はマーケティング・コンサルティング会社で、考現学的な社会風俗観察を17年間やっていました。街を歩いている人の通行量・男女比・服装などを観察したり、流行りのお店や食べ物を調査したり。とにかく街に出てヒトとモノを仔細に観察・分析していたのです。

 そして、1992年に表参道の地上げ跡地の廃屋を4軒まとめ借りして、念願のカフェレストランを開きました。これが思いのほか大繁盛すると、周辺に他の飲食店、雑貨屋、インテリアショップなどが次々と進出してきて、閑散としていた地上げ跡地が、あっという間に活気のあるエリアに変わったんです。

藻谷 まさに清水さんは昨今のカフェブームの本当の先駆けであり、表参道がオシャレな街に変貌するきっかけを作ったわけですね。

清水 それで少し事業欲が出て、自分で抱えられるリスクの範囲内であれこれ商売をやってみたら、たまたまうまくいった。すると、「お金も店舗も全部用意するから、店を出さないか?」「こんなプロジェクトがあるけど投資しないか」みたいな話が次から次へと持ち込まれるようになりました。でも、そっちには関心が持てなかったので、全部断りました。

藻谷 自ら表参道ブームの引き金を引いておきながら、儲け話にまったく乗らないなんて、呆れられませんでしたか?

清水 でも関心がないんだから、しょうがない。それより「民間のプロジェクトでも、やり方次第で街を変えられる」という事実の方に興味が湧いて、「都市魅力の経済研究会」という組織を作りました。その流れで千代田区の空きビルにSOHO事業者を誘致するプロジェクトに誘われて、「現代版家守」の取り組みを始めることになったわけです。

「企業」から「個業」の時代へ

藻谷 清水さんは団塊世代ですが、周りの人と話が合わなかったんじゃないですか。だって、「経済も事業も拡大が当たり前」と信じて疑わない世代でしょう?

清水 かなり孤独でしたね。大学時代はヒッピーで、腰ぐらいまで髪の毛を伸ばしていましたし(笑)。もちろん、社会発展のためには、そうやってどんどん事業を拡大する人も必要だと思いますが、自分ではやる気がなかった。

 その点、いまの若い人たちとの方が話が合いますね。何年か前に、東京R不動産の馬場正尊さんから、「清水さんとは20歳も離れていますけど、まったくそんな感じがしないですね」って言われました。僕の方も、その世代ぐらいからやっと普通に話が通じるようになったと感じています。

藻谷 すごくわかります。私より数年下、だいたい今の45歳ぐらいから、量的な拡大よりも質的な面白さを求める人が、ぼつぼつと出始めていて、30代、20代と若くなると、急に増えている気がします。

清水 先ほど申し上げた通り、僕の大もとの仕事は、社会風俗を観察して潜在意識の変化を読み取ることですが、いま日本社会にものすごく大きな変化が起きていると感じます。生まれながらにパブリックマインド(公共精神)を持っているタイプの、20代・30代がすごい勢いで増えている。地方でリノベーションスクールを開いてみると、やはり40代以上の人たちと、それ以下の人たちとの間には圧倒的な意識の差がある。

 ちょっと真面目な話をすると、ついに市民社会が成熟し始めたのかなという印象です。イギリスなどは長い時間をかけてゆっくりと市民社会が成熟を遂げてきたわけですが、日本社会は今ものすごい勢いで変化している。

藻谷 ついに日本が……ちょっと感動を禁じえませんね。それなのに、一方で「日本を、取り戻す。」なんてのがウケているらしい。いったい何を取り戻したいのか。

清水 あまりに時代感覚がズレている。2段階ぐらい断絶している。

藻谷 大企業に入って闇雲なグローバル競争で消耗するのでもない。かと言って、補助金・福祉依存で食わせてもらうのでもない。地域社会の中でささやかに自立し協働しながら、楽しく生きようとする若者が増えてきた。前時代的な「家業」から「企業」の時代が来て、ようやく「個業」の時代へと変化しようとしている。

清水 僕の仮説では、そうやって自立して生きる人の比率が増えれば、街がどんどん面白くなる。それを実地で証明していくのが「現代版家守」のテーマです。

地域再生の成功学(2)へつづく)

藻谷浩介(もたに・こうすけ)
(株)日本総合研究所調査部主席研究員
1964年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学ビジネススクール留学等を経て、現職。地域振興について研究・著作・講演を行う。主な著書・共著に、『デフレの正体』、『里山資本主義』、『藻谷浩介対話集 しなやかな日本列島のつくりかた』、『和の国富論』、『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』など。

清水義次(しみず・よしつぐ)
(株)アフタヌーンソサエティ代表取締役
1949年、山梨県生まれ。東京大学工学部都市工学科卒。1992年株式会社アフタヌーンソサエティを設立し、主に建築や都市・地域再生のプロデュースに携わっている。現在、公民連携事業機構代表理事、3331 Arts Chiyoda代表も兼任。著書に『リノベーションまちづくり 不動産事業でまちを再生する方法』がある。

2018年9月3日掲載

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