何しにきたの? レストランで発揮“スマホ写真魂”(中川淳一郎)

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「写真」がいかに人々を虜にするか、ということをしみじみと実感する貴重な経験をしました。知り合いの女性の夫が働くレストランへ彼女とその他1名と一緒に行った時のことです。この店はオーシャンビューの素晴らしい立地と、実に美味なる味付けで評判です。しかもインスタ映えする手の込んだ料理が次々と出てきます。店主やスタッフも感じが良く、サービスも素晴らしいのですが、周囲の客が写真ばかり撮っている。

 店に入ろうとしたところ、男女2人組が店の前で写真を撮っています。ドラマのロケ地にもなった店なのでファンが「聖地巡礼」的に来ているのかな、とおおらかな気持ちで2人が写真を撮り終えるのを待ちました。しかし、店構えを何枚も撮るほか、2人の自撮り写真、女性が店の前に立ってポーズを決める写真を何パターンも撮るなど、なかなか終わらない。1分半ほど待ったところで終わる気配はないと判断し、一瞬2人がスマホを構えるのをやめ、写真を確認し始めたところで「今がチャンス!」とばかりに頭を下げて店に入りました。この段階では、「ドラマが好きな恋人同士が疑似体験をしに来ているんだな、若いっていいね」と思っていました。

 我々は料理を注文し、知り合いの女性の夫や店主の挨拶を受け、生ビールで乾杯も終了。入店して10分ほどが経過した時、入ってきたのがなんと店の前で撮影をしていた男女だったのです。

 門扉から店内に到着するまでにも10分間撮影を続けていたことが想像できますが、店内に入ってからもすごかった! 店の中の様子をパシャパシャ撮り続け、さらには向かい合って座る互いを交互に撮り合う。女性が頼んだシャンパンのような酒が来たら様々な角度から撮影をし、それを持った様子も撮影する。男性が頼んだ炭酸入りのソフトドリンクが来たらそれも撮影。グラスを合わせる様子やらグラスを持っている様子なども撮影。あまりドリンクに口をつける様子もなく、ドリンクの撮影が終了したら今度は海が見えるバルコニーへ。

 バルコニーの様子から、手すりにもたれて立つ彼女や彼氏の写真を撮り合い、海だけのショットも数分間撮り続ける。最後は自撮りを何枚も撮るのです。この日の最高気温は36℃だったものの、暑さなどものともせず、「写真魂」を発揮し続ける2人。結局この2人が頼んだ飲み物は最初の1杯ずつで、後は無料の水でした。

 ここまで来たら後の展開はわかると思うのですが、料理はすべて「全景」から「個別」まで撮影し、互いを撮り合い、自撮りもする。そして、会話がほとんど聞こえてこないのも特徴です。何をやっているのかと思えば、撮影した写真を厳選し、削除をしたり「奇跡の一枚」を選んだりしているのです。他人のインスタグラムもチェックし、とにかく2人してスマホばかり見続けている。

 他のテーブルの客も、この2人ほどではないもののとにかくスマホ三昧。目の前に人がいる場合でもスマホをいじり続けることは常識となったようですので、スマホをいじっていた貴ノ岩を注意した元横綱・日馬富士こそ非常識なのかもしれませんね。いや、もちろん暴力はいけませんが。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年8月30日号掲載

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