「全米オープン」連覇「全米プロ」制覇偉業の秘密は「馬のカイロ」!

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 今年6月の「全米オープン」を制覇し、昨年大会に続く連覇を達成。その上、2カ月後の8月に「全米プロゴルフ選手権」でも勝利を挙げて、同一年に全米オープンと全米プロを制する史上5人目の快挙も達成。今季のメジャー4大会のうち2大会を制したブルックス・ケプカ(米国)の堂々たる勝ちっぷりは実に印象的だった。

 そんなケプカを眺めつつ、人々がみな不思議に思っているのは、ケプカの故障からのあまりにも見事な回復ぶりだ。

 今年1月に左手首を痛め、以後、3カ月以上も戦線離脱を余儀なくされたケプカ。当初は「左手では軽いものを持つことすらできなかった」「もう2度と試合で戦えなくなるのではないかと思った」というほど痛みはひどく、ゴルフはもちろんのこと、あらゆるトレーニングにもドクター・ストップがかかっていた。

「毎日、ソファにじっと座ってテレビを見ることぐらいしかできない日々。僕の体重は、どんどん増えていった。鏡を見るたびに太った自分の顔や姿を眺めるのは決してハッピーなことではなかった」

 思いあまってジムに足を運んだこともあったが、やっぱりできることはなく、情けない気持ちになって自宅に戻ったという。「3月ぐらいにはツアーに戻れると思っていた」そうだが、医師からのゴーサインはなかなか出ず、代わりにもらったものは残酷な通告。4月に開催されるメジャー第1戦の「マスターズ」への出場も見合わせるべきだと医師から告げられた。

「マスターズに出られない。オーガスタに立てない。それを聞いたときは耳を疑った」

 だが、それが現実だった。左手首はなかなか治らず、痛みも引かず、時間だけが流れていった。いざ、マスターズが始まると、ケプカはツアー仲間やライバルたちが戦う姿を「テレビで見る気にはなれなかった」と振り返った。

わずか30分の50ドルで!

 すでに整形外科医など複数のドクターを訪ね、注射を打ってもらったり、いろいろな治療を受けてはいたが、顕著な回復は得られず、戦線離脱の期間はどんどん延びつつあった。

 そんなとき、ケプカが「馬専門のカイロプラクターを訪ね、そこで左手首が治った」という話が英国で報じられ、米ゴルフ関係者の間でも話題になった。

 その英国紙の記事には、「馬のカイロプラクターはケプカの左手首をちょっと触り、『ふむふむ、何がどう悪いのか私にはわかる』と言い、ケプカの左手や左腕を掴んで2、3回、カイロプラクティックの処置を施した。所要時間はわずか30分。処置代はわずか50ドル。それだけでケプカの左手首は治ったそうだ」という内容が、ケプカのショートゲーム専門コーチが明かした秘話という形で紹介されていた。

「馬のカイロプラクター」に治してもらったとなれば、話題になるのも無理はない。そして、いろんな疑問や質問も当然ながら湧き上がった。

 なぜ、ケプカは馬専門のカイロプラクターを訪ねたのか? いろんなドクターに診てもらっても、なかなか治らず、ワラをも掴む心境だったのか? 一体、どうやって馬のカイロプラクターを見つけたのか?

 ケプカのショートゲームコーチのピート・コーワンは英国人、キャディのリッキー・エリオットは北アイルランド人、報道したのは英国紙。となれば、馬のカイロプラクターもイングランドやアイルランド方面の人物ではないか? ケプカは知らぬ間に欧州に渡り、馬のカイロプラクターをこっそり訪ねたということ?

 いずれにしても、「何人もの“人間”の医師が最先端の医療技術、薬を駆使しても治せなかったのを、“馬”のカイロプラクターが1回の施術、しかもわずか30分で治した」ということ?

 そんなふうに方々から「?」の嵐が巻き起こったが、その後、真相を伝える報道は、どこからも出てこなかった。

「最近は人間も診ている(笑)」

 誰も聞かないなら聞いてしまおうということで、ケプカ本人に単独取材を試みた。

 メジャー3勝、世界ナンバー2の大物になっても、ケプカは以前と変わらず、ナイスガイのままだ。メジャーチャンピオンとしての行事や大勢の欧米メディアへの対応、ファンサービスなど、多忙なスケジュールの合間を縫って、私が突然持ち掛けた「馬の話」にきっちり答えてくれた。

「いやいや、僕がイングランドやアイルランドに行ったわけじゃないけど、馬のカイロプラクターを訪ねたのは事実だよ」

 つまり、馬のカイロプラクターは米国在住だった。

 どうやってその馬のカイロプラクターを見つけたのかと言えば、「僕の家族が以前から知っていて、僕も彼のことを以前から知っていたから、それで訪ねた」とのこと。

 そして、噂の真偽のほどを確かめるための核心の質問をズバリぶつけた。

「馬のカイロプラクターがブルックス・ケプカの左手首を治した、という表現で間違いないですか?」

 すると、ケプカは少し苦笑しながら、こんなふうに答えた。

「うーん、彼は昔は馬専門だったけど、最近は人間も診ている(笑)。だから厳密には『馬のみの』ではなく『馬と人間の』カイロプラクターなんだけどね。でも、彼が僕の左手を触って2度3度ぐらい、ぐいぐいって処置を施して、30分ぐらいで、関節や何かが元の正しい位置に戻ったというか、フィックスされたっていうか、痛みが消えてゴルフができるようになったことは確かだ」

「窮すれば敢行する」

 米国には、獣医師とは別に、馬の骨や関節を専門とする「馬のカイロプラクター」がおり、「馬の栄養士」「馬のメンタルトレーナー」といったプロフェッショナルも存在している。馬のみならず、犬や他の特定の動物を専門とするカイロプラクターもいる

 だが、故障したプロゴルファーが馬のカイロプラクターを訪ね、そこで施された処置によって「治った」という話は、米ゴルフ界を二十数年、取材してきた私の知識の限りでは、初めてのケースだ。

 ちなみに、この話を日本の専門医が聞いたら、果たしてどんな感想を抱くのだろうかと興味が湧き、故障したスポーツ選手が競技復帰を目指すアスレティックリハビリテーションを専門的に手掛けている東京医科歯科大学スポーツ医歯学診療センター・センター長の柳下和慶准教授に尋ねてみた。

「日本に馬や動物専門のカイロプラクターがいるかどうかは専門外なので、一般人として回答するならば『聞いたことはない』になります」と前置きした上で、ここから先は整形外科医、スポーツドクターとしての専門的立場から回答してくれた。

「回旋運動のゴルフでは、各関節や体幹の連続したスムースな動き(運動連鎖)がないと手関節への負担を生じます。つまり、ケプカ選手のケースでは、カイロプラクティックによって、運動連鎖の基盤となる可動域を獲得することができたのかもしれない。理論的にはあるかもしれませんが、30分のカイロプラクティックで手関節の症状を著明に改善することは、実際には非常に珍しい症例だと感じました。整形外科医、スポーツ医学医師としても大変興味のある症例です。

 ただ、普通の人が自身のケガで動物のカイロプラクターを積極的に受診することは、正直、考えられません。トップアスリートは『良い』ということに対して貪欲な傾向がありますからね」

 ケプカ自身は、「最近は馬だけではなく人間も診ているカイロプラクターだ」と付け加えていたが、仮に馬オンリーのカイロプラクターだったとしても、ケプカに「治るのなら、何だってする」という強い気持ちがあったからこそ、その扉を叩いたことは疑いようもなく、それは高いプロ意識と勇気あるチャレンジという意味で賞賛に値すると私は思う。

「窮すれば鈍する」という言葉があるが、ケプカの場合は「窮すれば敢行する」。

 そして「どこの馬の骨ともわからない男」ではなく、「馬の骨のことを熟知している男」によって、ケプカの左手首は治り、4月に戦線復帰、6月に全米オープン連覇、そして8月に全米プロ初制覇を遂げ、世界ランキングも2位へ浮上した。

 馬のカイロプラクターに支払った50ドルの価値は、果てしなく多大だ。

舩越園子
在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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Foresight 2018年8月29日掲載

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