「恐山」で電化製品が軒並み不調になるワケ 小林秀雄賞受賞の禅僧が語る「知られざる恐山の姿」

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恐山の禅僧

 24日に発表された第17回小林秀雄賞の受賞作は『超越と実存―「無常」をめぐる仏教史―』。これまでにも数多くの仏教関連の著作を発表し、高い評価を得てきた著者の南直哉氏の本職は禅僧。それも「青森県恐山菩提寺院代(住職代理)」という肩書を持つ。
 そう、あの「恐山」だ。

 その名前を聞いて、ある人は「イタコ」を、またある人は「賽の河原」を連想することだろう。恐山には「死者と出会える場」というスピリチュアルなイメージも強い。
 実際にはどういう場所なのか。南氏の著作『恐山 死者のいる場所』(2012年)では、その実像がわかりやすく、ときにユーモアも交えながら語られている。
 以下、同書をもとに「知られざる恐山の姿」を見てみよう(引用はすべて『恐山』より)。

 まず、「恐山」という場所についての基礎知識。

「恐山といっても、そのような山が実際にあるわけではなく、正確には、火口にできた土地のことを指します。つまりカルデラなのですが、それは下北半島の中心であるむつ市から、恐山街道と呼ばれる山道を車でくねくねと二、三十分登った先にあります。この先にはたしてそんな場所があるのだろうかと不安になるような細い山道を登っていくと、門が見えてきます。

『結界門』と我々は呼んでいますが、正式名称ではありません。『結界』とは、もともと僧侶の修行の場を言い、俗世界からの区別を強調します。その意味からすると、いよいよここから先は恐山の聖域であることをこの門は示していることになります。
 門をくぐり、しばらく進むと、突如バッと視界が開けて、左手にカルデラ湖の宇曾利(うそり)湖が見えてきます。その透き通った青い湖面はとても美しい。
 その湖から一筋、川が車道の方に流れているのですが、その名は、誰が付けたか知らないが『三途の川』。そこを渡れば『あの世』というわけです。他にも境内には、『賽の河原』や『血の池地獄』『無間地獄』など、『八大地獄』に見立てた場所があります。そのネーミングからして、衆生のみなさまを驚かせる気満々。またそう思わせるだけの風貌ですから、恐山と聞いて、おどろおどろしいイメージが湧くのも当然のことです」

厄介な硫化水素

 恐山には実は良質な温泉がある。結構な話じゃないか、地獄どころか極楽では――と思うのは早とちりだ。温泉につきものの硫化水素がなかなか厄介な事態を引き起こすのである。

「鉄や銅といった金属はあっという間に腐食してしまいます。お賽銭や公衆電話に使われた10円玉は、1日おけば真っ黒になってしまって、二度と町中では使えません。そんな具合ですから、電化製品はしばらく使うと軒並み不調になり、耐用年数は『下界』の何分の1。あそこで生活しているといろいろと不便なことがあります。

 9年前、現住職が一念発起して大きな宿坊を新築しました。宿泊客のための自動販売機があるのですが、『お釣りが出なくなった』なんていう質の悪い故障をすることもあって、苦情を受けることもしばしばです。

『恐山』
南 直哉 著

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 私もコンピューターを1台持ち込みました。それが6カ月経つとどうなるかというと、ある日スイッチを入れた途端にブシュッと音がして、さらに画面から白い煙が出て、そのままおダブツ。携帯電話は、現在は部分的に電波が通じますが、持ち込んで3カ月ぐらいすると、液晶画面がだんだん薄くなり、そのうち真っ青になってプツンと切れる。一番弱いのはデジタルカメラです。これは1週間もするとレンズが勝手に出たり引っ込んだりして――それを「怪奇現象だ」という人もいますが、そんなワケはありません。ただの化学反応――そのまま動かなくなります。

 金属のアクセサリーなんてとんでもないことで、鉄もダメですよ。新築した宿坊は、ステンレスの釘を特注して使ったそうです。1本100円以上。建設には、平地の3倍ほどの手間と費用がかかったようです。とにかくそんな不便な環境であります。

 それから、恐山では自生していない木は根付きません。一時期、住職が山に彩りを添えようと桜の木を100本移植したのですが、根付いたのはわずか1本、なんて話も聞きました。
 まさにこの世の果て、と言える恐山の自然環境はかくも厳しいものです。私はここに来て、つくづく自然には勝てないということを悟りました」

 さて、ここまでが恐山の環境を巡る解説。次回は気になるイタコについての話を聞いてみよう。

デイリー新潮編集部

2018年8月28日掲載

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