麻生太郎財務相「サマータイム廃止は朝日新聞の責任」発言を検証してみた

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サマータイム賛成は54.3%

 最初の「煽って書いた」という指摘だが、結論を先に申し上げれば、朝日だけでなく、読売でも毎日でも、サマータイム導入を煽るような記事を見つけることはできなかった。どうやら麻生財相の記憶が間違っていた可能性が高い。

 そもそも昔の新聞を検索して気づくのは、ページ数が極めて少ないことだ。朝日新聞の縮刷版を例に挙げると、太平洋戦争の敗戦が濃厚な1944(昭和19)年5月31日号は4ページ、そしてサマータイムが実施されていた49(昭和24)年4月1日号に至っては、たったの2ページしかない。

 小さい活字を使い、できるだけ記事を押し込んではいる。だが1面に社説が掲載されるようなレイアウトだ。今でいう「サマータイム大賛成/大反対」というような「キャンペーン記事」を展開できる紙面の余裕はないだろう。

 加えて、後で詳しく見るが、多くの日本人はGHQの方針に唯々諾々と従い、当初はサマータイムの実施を歓迎していたようなのだ。これもサマータイムの是非をめぐって議論を戦わせるような記事が掲載されなかった背景と考えられる。

 データベースでヒットしたのは、読売新聞が48(昭和23)年4月10日に報じた「夏季時間(サンマー・タイム)を実施 来月1日から9月一杯」だ。この頃、新聞各紙は「サンマー・タイム」と表記していた。記事の一部を引用させていただく。

《政府は9日の閣議で今夏サンマー・タイムを採用することに決定、実施要綱はさらに13日の閣議にはかったうえ国会の承認を得て実施するが、サンマー・タイム実施期間は5月1日から9月一杯の予定で、普通時間との切り替え方法は実施日の午前零時をサンマー・タイムの午前1時に繰り上げる》

《この実施によっても出勤時間には変更はないが実質的には1時間早まる(略)。なおサンマー・タイム実施により石炭、電力など光熱資源も相当の節約ができるものと期待されている》

《夏の季節を日光にしたしみ、われらの社会生活を能率的ならしめようとする“夏季時間”はすでにイギリスをはじめ北欧の諸国では1932年から国家的に採用し経済的にもかなりの成果をあげている(略)。本社でもサンマー・タイムの可否を世論に問うた結果、可54.3パーセント、否37.0パーセント、中間8.7パーセントの結論を得ている》

 非常に淡々とした筆致が印象に残るが、こうして日本初のサマータイムは、48年(昭和23年)5月2日からスタートし、9月11日に終了した。

朝日新聞の“初報”は総括記事

 そしていよいよ朝日新聞が登場する。同年9月2日に「サンマー・タイム成績表 まず『結果良好』 大きな電力の節約 総理庁審議室調査」の記事が掲載された。初実施の総括を行ったわけだが、「総理庁調査」、つまり政府の“自己採点”から紹介しよう。

《調査では電力の節約が第1の利点となっており、これはサンマー・タイム実施後の5月10日からの1週間と実施前の4月のその期間との比較では石炭換算にして2万トンもの節約になり、この方法で全期間の節約量を算定すると膨大なものになるとしている。
 その他官庁会社等でも支持の意見が大部分で、反対意見を陳情してきたのは労働者の2交代制をやっている紡績業工場関係と炭鉱の一部が勤務上不均等をきたし支障ありと具申してきたほかは、不満の過半は主として夏時間制に不慣れなための個人生活上のものであり、これは夏時間の意義をのみこみ、社会的整備が夏時間に合致するように整備されれば解消するものだとしている》

 政府は「国民も慣れりゃ大丈夫」と太鼓判を押した。しかし、朝日新聞は独自取材も行い、主婦と教員、そして飲食店の不満をすくい上げた。特に主婦は労働時間が増えたと悲鳴をあげているのだが、これについては後で詳しく見る。

 麻生財相は「記者が飲みに行きにくくなるからだろ?」とアルコールを提供するタイプの店を挙げて揶揄したが、実際はサマータイムの悪影響で小売店や喫茶店も売上げダウンに苦しんだようだ。記事には「銀座の喫茶店支配人」が登場。記者の取材に「銀座付近の一流どころでも客足はどこでも例年の夏より2割減が普通でしょう」と愚痴をこぼしている。

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