世界で熱望される〈生きがい〉はなぜ日本で生まれたか――大相撲に見るユニークさ

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他人に認められなくても

 力士である以上、土俵で勝つことを目指すのは当然だ。だが、服部桜は、89連敗という、力士として断トツのワースト記録を作ってしまっても、まだ土俵に立ち続けている。聡ノ富士にとっては、ジンクスはともかく、「弓取り式」という名誉が大きな〈生きがい〉になっていたことは間違いない。

 日本の文化の中には、「スター」と「それ以外」を別扱いせず、どんな立場の人にも居場所を与えて、尊敬の念を抱くという側面がある。〈生きがい〉も、勝者だけが持っているのではなく、そうでない者も、まったく対等に〈生きがい〉を持つことができる。究極的には、両者の間に差異は何もないのだ。

 相撲部屋に入門した若者が横綱を夢みるように、人は誰しも成功を夢みる。だが、大きな目標や華々しい成果ばかりを求めていると、人は浮足立って、人生の目的を見失ってしまうことがある。〈生きがい〉で大切なのは、むしろ足元をしっかり見つめることなのだ。たとえ十両になれずとも、2人の力士が今日も土俵を踏むように。

 他人に認められなくても良い。どんなに小さなことでもいい。「自己満足」でもかまわない。自分の好きなことを、一つひとつ、コツコツとやることで、脳は喜びを感じる。そして、朝、爽やかに起きる理由が見つかる。

 今回、私が書いた英語の著作は、逆輸入の形で日本語に訳され、『IKIGAI 日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣』(Ken Mogi著、恩蔵絢子訳、新潮社)として刊行された。このテーマ〈生きがい〉は、日本人のユニークな立ち位置を探る一つの出発点になる。そこには日本独自の生命観や世界観が表れている。

 読者のみなさんも、よろしければ本書を手にとっていただき、ご自身の〈生きがい〉を見つめ直してみてはいかがだろうか? 

 その時、〈生きがい〉は、自分を映す鏡になるだろう。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
1962年東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。〈クオリア〉をキーワードとして、脳と心の関係を探究している。著書に『脳と仮想』『ひらめき脳』『生命と偶有性』など。『IKIGAI―日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣―』は、英語で執筆した最初の書籍。

週刊新潮 2018年8月2日号掲載

特別読物「長生きの秘訣! 『幸福脳』の作り方――茂木健一郎(脳科学者)」より

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