茂木健一郎が説く「幸福脳」の作り方 世界から注目される日本人の〈生きがい〉
最高齢三ツ星シェフの生きがい
そもそも〈生きがい〉とは、「生きる喜び」や「人生の意味」を指す日本語である。「生きる」と、「値打ち」の意を表す「甲斐」から成る言葉だ。
私は、今回の著作の中で、この〈生きがい〉を持つための支えとなり、かつ本論を理解するための道しるべとして、以下の5本柱を読者に提示している。
1.小さく始めること
2.自分からの解放
3.調和と持続可能性
4.小さな喜び
5.〈今ここ〉にいること
これらすべてを解説するには紙数が足りないが、まず意識したいのは、最初の「小さく始めること」である。なぜ「小さく始めること」が〈生きがい〉につながるのか。そのもっとも良い例が、世界最高齢の三ツ星シェフである。
銀座にある「すきやばし次郎」は、世界一の寿司店として知られている。職人の小野二郎さんは現在92歳で、07年に日本で初めて刊行された『ミシュランガイド東京』で三ツ星を獲得。世界最高齢の「ミシュラン三ツ星シェフ」となった。オバマ大統領(当時)が来日の際に安倍首相と会食するなど、世界中のセレブが訪れる名店である。
しかし、小野さんの〈生きがい〉は、国内外の有名人に喜んでもらうことに限られない。もちろん、それはそれで素晴らしいことではあるが、あくまでも結果に過ぎないのだ。
積み重ね
では、小野さんの〈生きがい〉の本質は何か。それは、最高の寿司を届けるための細かい気遣いにある。タコをやわらかくするために、徹底的に揉む。カツオを藁でいぶして香りをつける。イクラを旬の時期のみならず、工夫して一年中最高の状態で提供できるようにする。店のカウンターの形に合わせて、ぴったりとはまるような器を作る。
こういった「最高の寿司を届けるため」の工夫は、小野さんにとって大げさなものではない。あくまで一歩ずつ、「小さく始めること」を積み重ねた上に、「すきやばし次郎」は世界最高の寿司レストランとしての評価を得てきた。繰り返すが、小野さんにとって、ミシュランの評価や有名人の称賛は〈生きがい〉そのものではなく、日々の小さな〈生きがい〉の積み重ねの結果に過ぎない。
小野さんは子どもの頃から苦労して修業された。小学校の時からすでに料亭で働いていたが、店の仕事で疲れて授業中うとうとしてしまい、罰として立たされた。そのうちに、この間に仕事をやっておけば楽だと思いつき、学校を抜け出して店に行って、それを済ませてまた駆け戻っていたという。
1965年に独立して、現在の店を構えた時、小野さんは世界一の寿司屋を目指していたのではなかった。当時は単純に、他の飲食店と比べて、寿司屋を開店するコストが一番安かったのである。「小さく始めること」は必然でもあったのだ。
世界中から賞賛を浴びる「すきやばし次郎」。しかし、そんな小野さんの名声も、一つひとつは小さく地味な仕事、工夫の積み重ねがあってこそなのである。
(2)へつづく
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