「テスラ」イーロン・マスク「株価操縦騒動」と「中国製造2025」戦略

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 先週水曜日の8月8日、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)は、サウジアラビア(以下、サウジ)の「公共投資基金」(PIF)が米国の電気自動車メーカー「テスラ」の株式を買い増ししたため、同社の株価は4.52%上昇し、357.20ドルになった、と報じた(Tesla share move higher on Saudi Arabia’s fund stake)。

 同記事によれば、「PIF」は情報開示を要求されない程度、すなわち3~5%にまで買い増ししており、投じた資金は17~29億ドルになる、とのことだった。

 これはサウジの長期的な「脱石油経済化」政策、すなわち「ビジョン2030」の一環か、と思い、続報を待っていたら、話は思わぬ方向に展開した。

 すなわち、同社の創業者兼最高経営責任者(CEO)であるイーロン・マスク氏が「420ドルで自社株を買い上げ、非上場化を検討している。資金は手当した」とツイッターで呟いたからだ。当然、同社の株価はさらに上昇した。

 本件は、同社の株式をショートしている複数の投資家が「相場操縦だ」としてマスク氏を訴える騒ぎになっている。管理当局である証券取引委員会(SEC)も調査に乗り出したと報じられている(Elon Musk sued by investors over proposal to take Tesla private.『NEW YORK POST』2018年8月11日)。

 サウジによる「テスラ」買い増しのニュースは影が薄くなってしまった。

マスク氏の「釈明」

 と、ここまで本稿を書き上げたら、マスク氏が「Update on Taking Tesla Private」なるものを、おそらく西海岸時間の8月13日朝に、発表した。

 肝心な「資金手当て」については、サウジの「PIF」が2年前から継続的に株式買い増しを伝えており、つい最近、7月31日にも会合を持ってその意思を確認している、非上場化についても賛意を得ている、だから「fund secured」とツイートしたのだ、と述べている。

 これに対してPIFは何と反応するのだろうか?

 このようなOpennessを共有できるのだろうか?

 あるいは、マスク氏に繰り返し「買い増し表明」を行い、7月31日に会合を持ったPIF側の人間が解雇される、なんてことがあるのだろうか?

 はたまた、仮にマスク氏の希望通りに進むとして、PIFは420ドルで買い増しするのだろうか?

 今後の展開が興味深い。

イスラエル企業家の「警告」

 さて、前述したマスク氏のレポートの前に、FTが8月13日、興味深いニュースを報じている。トランプ大統領の関税政策により、米国の電気自動車産業の発展にブレーキが掛けられている、とバッテリー製造起業家が警告している、というニュースだ。

「BP」が毎年発行している統計集の2018年版「BP Statistical Review of World Energy, June 2018」(BP統計集2018)には、新たに電気自動車用バッテリーの重要な原料であるリチウムとコバルトのデータが掲載されている。「エネルギー移行」の時代となり、電気自動車の普及の行方に注目が集まっているからだ。

 同データによると、リチウムはチリ、オーストラリア、アルゼンチンの3カ国で生産量の約90%、埋蔵量の55%を占めており、コバルトはコンゴ共和国が生産量も埋蔵量も世界全体のほぼ半分を占めている。リチウムは増産計画などが発表されているが、コバルトに関しては不透明な部分が多い、だが、バッテリー製造の技術革新が進んでおり、コバルトが電気自動車発展の阻害要因になるかどうか要注視だ、としている。

 その「バッテリー製造の技術革新」分野で先頭を走っていると見られるイスラエルの起業家が、トランプ大統領の関税政策を批判しているのだ。

 なお、このイスラエルの起業家に日本の電気機器メーカーである「TDK」も出資しているとのこと、なんとなく嬉しい。

 さて、ここで「Trump tariffs risk putting brake on US electric cars, warns group」(東京時間8月13日19時ごろ掲載)というタイトルのFT記事を紹介しておこう。サブタイトルは「Battery maker planning $400m factory says increased costs threaten sector’s growth」となっている。

5分で急速充電

■自らの会社を、米国バッテリー供給の最大の会社の1つにすることを目指している1人の起業家が、ドナルド・トランプ大統領の政策は米国のバッテリー製造業界が発展することに何の役にも立っていない、と警告している。

■イスラエルのバッテリー製造メーカーで、「BP」「ダイムラー」「TDK」など国際企業の支援を得ている「StoreDot」のCEOであるDoron Myersdorfは、米国に4億ドルの新工場を建設すべく用地を物色中だ。だが、トランプ政権の、アルミニウムのコストを引き上げることになる関税戦略や、自動車の燃費基準強化を阻止しようとしていることは、戦略的にきわめて重要になると同氏が判断しているバッテリー産業の成長を鈍化させるだけだ、と主張している。「バッテリー製造はもっぱら中国で行われるようになり、中国がエネルギーを通じて世界をコントロールすることになるだろう」と、Myersdorf氏はあるインタビューで答えている。「この関税ゲームは何の助けにもならない」と。

■「StoreDot」は、携帯電話から電気自動車まで、幅広い分野で使用されているリチウム・イオン電池技術において革新的な応用を実現している。同社によれば、同社のバッテリーなら、通常の給油に要する時間とほぼ同じ5分間で充電することができ、「テスラ」の「スーパーチャージャー」のように30分以上かかることはない。

■同社は昨年「ダイムラー」を先頭とするグループから約6000万ドル、今年「BP」から2000万ドルの出資を得ている。

■自動車業界およびバッテリー業界の大会社からの支援を得て「StoreDot」は、約3万台の電気自動車に対応できる1GWh(1時間に10億ワットの電気を発電)能力を持つバッテリー製造工場を毎年建設する計画で、ゆくゆくは毎年10GWhまで拡大する計画だ。同社は来年の第1四半期までに米国内の立地を決定し、2021年から生産を開始することを目指している。

3年後に7割以上が中国で

■米国の電気自動車用バッテリーの市場は、2025年には840億ドルになると見られている。しかしながらMyersdorf氏は、トランプ大統領の戦略により、米国の電気自動車産業の発展は遅れるかもしれない、と警告している。

■中国政府は「中国製造2025」戦略において、電気自動車とハイブリッド車を優先することとしており、同国の当該市場には巨額の資金が流れ込む見込みだ。シンクタンク「Bloomberg New Energy Finance」によれば、中国は2021年までに世界の電気自動車用バッテリー製造能力の73%を占めると見込まれている。

■トランプ政権は「中国製造2025」戦略に対して懸念を表明しており、1974年貿易法(1974 Trade Act)301条に基づく中国からの輸入品への新関税は、バッテリーや電気自動車を含む先端技術に基づく製造業分野を中国が支配することを防ぐ戦略の一環として打ち出されている。しかしながらMyersdorf氏は、米国産業を保護するために導入されたアルミニウムへの新関税は、米国のバッテリー製造コストを引き上げるものだ、という。

■米交通局は今月、バラク・オバマ前大統領が導入した、2020年代前半までに段階的に厳しくなる燃費基準策を廃棄する計画を発表した。これは、より多くの電気自動車販売を自動車メーカーに奨励するものと見られていた。また交通局は、より多くの電気自動車を売らせるべく独自の規制を導入しようとしているカリフォルニア州から、その権限を剥奪しようとしている。(岩瀬 昇)

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同) がある。

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Foresight 2018年8月15日掲載

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