なぜ好きな人の「左側」に座るべきなのか 脳研究者が解説する「恋愛術」
恋愛指南本などで、「好きな人の左側を確保せよ!」などの文言を見たことはないだろうか。そこには様々な心理的な理由が書かれているが、実は脳科学的にも好きな人の「左側」には意味があるのだという。脳研究者の池谷裕二氏の解説を見てみよう。(以下、『脳には妙なクセがある』より抜粋、引用)
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二つの顔の絵を見てください。顔の半分だけが笑顔で、もう半分は沈鬱(ちんうつ)の表情になっています。両者は同じ画像を左右反転させたものです。
さて、ここで次の質問に、パッと浮かんだ印象で答えてみてください。
「上」と「下」の画像では、どちらの方が、“より微笑(ほほえ)んでいる”ように見えますか?
同じ画像にもかかわらず、ほとんどの方は「どちらか一方」を選ぶことができるでしょう。集計データによれば、より多くの方が「上」を選ぶことがわかっています。とくに右利きの人はこの傾向が強くあります。これは地域や民族や時代を超えて一定した傾向です。人類に共通した性質なのでしょう。
「上」の画像は、左半分がニコやかな表情で、右半分が悲しい表情です。しかし、この画像を微笑んでいるように感じるということは、私たちは顔の「左半分」をとくに重要視していることを意味しています。左半分さえ笑っていれば、もうそれだけで、なんとなく笑っているように見えるのです。
このような左重視の傾向は、顔だけでなく、さまざまな分野に見られます。たとえば、サカナの絵を描いてみてください。どちら向きに描くでしょうか。ほとんどの人は、頭を左に、尻尾(しっぽ)を右に向けるはずです。図鑑でも、料亭の活づくりでも、頭は左に置かれています。
また、八百屋の目玉商品も、通路の左側の棚に陳列した方が、よく売れるという実験結果もあります。
やはり大切なのは全般的に「左視野」のようです。このように視野の半分を重要視して、もう一方を無視しがちなヒトの認知傾向を「シュードネグレクト」といいます。
シュードネグレクトは、もちろん私たちの日常生活、たとえば、髪型や身だしなみ、お洒落(しゃれ)や化粧についても示唆(しさ)を与えてくれます。私たちが他人から見られるときは主に、相手にとっての左視野、つまり自分の「右側」に注意が集まっていることになります。そう、気合いの入れ甲斐(がい)があるのは右半身なのです(ただし、鏡を見ながら化粧をすると、左右が反転しますから、自分の「左半身」ばかりに注意が向いてしまいます)。あるときシュードネグレクトを学生に話したら、「次の合コンでは意中の人の左側に座ろう」と気合いを入れていました。はて、成果がどうだったかまでは聞いていませんが……。
鳥にも左側重視の傾向がある
私はどちらかといえば、シュードネグレクトのもたらす効果よりも、シュードネグレクトを生む脳の仕組みにより興味があります。古典的な説明はこうです──映像や外界の判断を担当するのは「右脳」だから、「左視野」に対して強い反応を示します(脳と体の支配は左右逆転していることに注意)。ところがイスラエルのヘンドラー博士らは、右脳だけでなく、左脳もまた、左視野を重視する傾向があることをMRIで証明しています。どうやらメカニズムはそれほど単純ではなさそうです。
ハトやヒヨコを使った実験も紹介されています。ドイツのデーカンプ博士らの研究です。驚くなかれ、鳥にも「左側重視」の傾向があるそうです。生まれたばかりのヒヨコでさえそうだといいますから、左側重視は先天的であることがわかります。鳥の脳には「脳梁(のうりょう)」(左右の大脳を繋ぐ経路)が発達していないことを考えると、この発見は象徴的です。私たちのシュードネグレクトは、ほぼ1億年前にも遡(さかのぼ)ることができる長い進化の産物なのかもしれません。