オウム麻原が行った“狂気のマインドコントロール・プログラム”3つの手順
サイコキラーの事件ファイル オウム真理教「麻原彰晃」――小田晋(1/5)
検察をもって“わが国犯罪史上、最も凶悪な犯罪者”といわしめたオウムの麻原彰晃元死刑囚。精神科医の小田晋氏(故人)は、写真週刊誌FOCUS(休刊中)の連載〈サイコキラーの事件ファイル〉で、全5回にわたって教団と教祖についての分析を行っている。今回と次回では、最盛期で1400人の出家信者を生んだ「マインドコントロール」術について取り上げる。(※以下の記事はFOCUS 1999年5月12日号掲載時のもの)
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――ヨガ道場の先生から、最終解脱者、釈迦の生まれ変わり、キリストの再来へとグルの肩書きはエスカレートしていった。麻原彰晃こと松本智津夫がオウム神仙の会を結成したのは’84年。理系、文系のエリートで側近を固めた彼の妄想は、10年後、国家転覆を謀るまでに膨張した。「弁護士一家殺害」から「地下鉄サリン事件」まで、オウム真理教が引き起こした数々のテロ事件については、あらためて述べる必要はないだろう。が、信者たちは、なぜ、この男に惹かれ、絶対服従のロボットとなったのか。狂気のマインドコントロール・プログラムの正体。
実は、地下鉄サリン事件の後、私は仕事上の関係で、ある程度高い地位にいた元信者に話を聞く機会がありました。そのため、オウム真理教内部のことも、やや詳しく知ることが出来たのですが、このオウムという「宗教」は、ある意味でカルト宗教の完成形態ではないかという印象を持ったものです。
現代は日本における第3次宗教ブームと言われていることはご存知でしょう。第1次宗教ブームは、明治維新の前後、廃仏棄釈の頃のことです。金光教や天理教が出来たのがこの時期でした。
次に訪れた第2次のブームは敗戦直後。国家神道が解体された後でした。この時、PL教団や立正佼成会、創価学会という巨大新興宗教が急成長したのです。この時代の宗教の特徴を一言で表せば、それは“信”の宗教だったということでしょう。教義をよく勉強した信者や勧誘活動に成功した信者が内部のヒエラルキーを上昇させたのです。構造は、共産党の内部構造にもよく似ておりました。
ところが、'80年代から始まった第3次宗教ブームの特徴は、“術”の宗教だったことです。オウム真理教はその典型で、信者は超能力や超常体験を獲得する“術”を求めて入信したのです。
宗教が時代とともにオカルトに向かうのは、日本に限ったことではありません。世界規模の巨大宗教も、チャーチ(教会)、セクト(宗派)からカルトに至りますが、この流れに沿って、規模は小さくなり、正統とされる教義からの逸脱の度合いも大きくなる。特に、日本には正統派の教会と呼べるものがありませんので、カルトが生じる土壌があったのです。が、その中でも、オウムは最も反社会的な教団だったといえるでしょう。
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