バングラデシュの医療改善への挑戦

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【筆者:森田知宏相馬中央病院内科医(詳細プロフィールは下記参照)

 私は現在、福島県相馬市で内科医をしながら、「miup」という会社の役員としてバングラデシュで医療サービスを展開している[注1・末尾参照]。

 この会社は、学生時代から途上国開発研究を行っていた酒匂真理が、バイオインフォマティクスを専門とする長谷川嵩矩(東京大学医科学研究所ヘルスインテリジェンスセンター助教)、山田智之(Genomedia代表取締役)とともに立ち上げたスタートアップだ。9月からはコニカミノルタとともに採択されたJICA(国際協力機構)の「途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査」が本格的に開始され、モバイル医療機器などを利用した遠隔での健康診断調査が行われる準備を進めている。本稿では、バングラデシュの医療事情についてご紹介したい。

 バングラデシュは顕著な医師不足で、人口1000人あたり医師数は0.4人である。日本の全国平均(2.5)の5分の1以下だ。医師だけでなく看護師や技師、地域のコミュニティーワーカー(非資格職)などを含めた医療従事者でも人口1万人あたり6.1人と、ネパール(6.7)やブータン(14.6)よりも少なく、WHO(世界保健機関)の推計では6万人の医師、28万人の看護師、48万人の技師が不足していると言われている[注2]。

 医師が少ないこともあってか、多くの医師が複数の職場を兼業している。病院での勤務を終えたあと、薬局などの隣の小さな部屋を診療所として午後5時から9時まで営業する、というのが典型的だ。

 この乏しい医療資源のなかでプライマリ・ケアを主に担っているのが薬局だ[注3]。

 バングラデシュには2018年6月現在10万8766の薬局が認可されている[注4]。さらに、だいたい同じくらいの薬局が認可を受けずに営業していると言われている[注5]。バングラデシュの薬剤師数は人口10万人あたり6.4人と、日本(237.4人)の約40分の1に過ぎない[注6]。すべての薬剤師が薬局を開いてもせいぜい1万程度だ。つまり、ほとんどの薬局が非資格職によって運営されている。バングラデシュの100以上の薬局を調査した研究によると、1人で運営されている薬局の49%が、薬剤師としてのトレーニングを全く受けていなかった[注5]。

 これには、バングラデシュの産業発展も関係している。バングラデシュ政府は地場の製薬産業を保護する方針であり、1982年には「Drugs Control Ordinance」という法律が制定され、外資製薬企業は撤退を強いられた。こうした保護政策のなかで、国内需要の98%を賄う医薬品産業が育った。安価なジェネリック医薬品が手に入るので、それを一般の人に売るビジネスが成立してしまうのだ。例えば、解熱鎮痛剤としてよく使用されるアセトアミノフェン500mg 1錠が約1円(日本の最安値が9円)、抗菌薬のレボフロキサシン500mg 1錠が約20円(日本の最安値が97円)で売られている。日本だとこれらの薬の購入には処方箋が必要、つまり診察料が別にかかるが、バングラデシュの薬局受診者の68%は処方箋なしに受診してこれらの医薬品を購入している。

 本来、バングラデシュでも日本と同様に、非資格職が医薬品を販売することは禁じられている。処方箋なしに医療用医薬品を販売することも違法だ。しかし、この法律は実効性が低いようだ。私がバングラデシュで会った男性は、農村部で薬局を複数経営していた。「地方では医療資源が何もない。いいことをしているのに、処罰されるわけがない」と自信満々だった。

 薬局で提供されるサービスは薬剤販売だけでない。先述の研究によると、点滴(60%)や病気の診断(63%)、やけどや怪我の手当(63%)、ワクチン(31%)など多岐にわたる(カッコ内は実施していた割合)。すべて、薬剤師の免許だけでは違法となる内容だが、これが現状だ。

 医療インフラが整わないなかで、仕方ないとも言えるが、当然問題がある。一番大きいのは耐性菌の問題だ。医療知識のない薬局経営者は、解熱剤として抗菌薬を販売することもしばしばだ。その結果、一般的に使用される抗菌薬では効果のない耐性菌が増加している。特に多剤耐性結核菌は、新規結核患者の1.4%、既治療患者の29%を占め、多剤耐性結核の被害が大きい国として知られている[注7]。

 このように現状のバングラデシュの医療資源は不足しており、医療体制は日本から比べると遅れていると言っていい。しかし、これから劇的な変化が訪れようとしている。

 それは、遠隔診療・診断や人工知能といった技術の進歩だ。農村部は医師が行くには遠すぎるが、遠隔診療でつないでしまえば、最低限の診療は可能だ。それでも医師不足で限界があるため、人工知能や機械学習を使った自動診断、トリアージなどのツールも重要だ。これらは、十分なデータが揃えば、人の手を介さずに患者の診断をし、適切な治療を提示することができる。これらの技術を用いて、都市部・地方双方で、医療へのアクセスを効率的に行うことができる。

 私がこのような技術を使った医療の課題解決に興味を持ったきっかけは、福島での臨床経験だ。高齢化がすすむなかで、皆保険制度がありながら身体的な問題や家族の問題などで病院を受診できない住民が増えている。本来であれば、ビデオ通話や電話などを柔軟に使えば自宅にいながら医療を受けられるはずだが、制度の制限もあって、せっかくのテクノロジーを活かすことができていない。

現:在私達は、バングラデシュで様々な技術を駆使した医療サービスを導入しようとしている。バングラデシュの医療レベル向上に役立つものの中には、日本でも利用できるものがあるだろう。現地で役立ったもの、エビデンスが確立したものはどんどん日本へ逆輸入して、高齢社会での医療需要増大に役立てたい。

 現地での課題に対して柔軟に対応すること、これを日本でもバングラデシュでも続けていきたい。

【参照】
1.http://miup.jp/.
2.James P Grant School of Public Health BU. Bangladesh Health Watch: Health Workforce in Bangladesh: Who
constitutes the healthcare system? The state of health in Bangladesh 2007. 2018.

3.The health workforce crisis in Bangladesh: shortage, inappropriate skill-mix and inequitable distribution.
4.The Directorate General of Drug Administration (DGDA).
5.Baseline Study of Private Drug Shops in Bangladesh: Findings and Recommendations. Final Report, September 2015
6.厚生労働省. 医師・歯科医師・薬剤師調査. 2016.
7.Factors related to previous tuberculosis treatment of patients with multidrug-resistant tuberculosis in Bangladesh.

(本稿は『MRIC』メールマガジン2018年7月26日号よりの転載です)

【筆者プロフィール】

相馬中央病院・内科医。1987年大阪生まれ。2012年東京大学医学部医学科を卒業し、亀田総合病院にて初期研修。2014年5月より福島県の相馬中央病院内科医として勤務中。

医療ガバナンス学会
広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。

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