芸人に学ぶ副業成功のヒント――矢部太郎×山田ルイ53世「流されてもいい ブレてもいい」
近頃、芸人の世界で「書く副業」が賑やかだ。しかも彼らの書いた作品で、「芸人初の快挙」となる受賞ラッシュが相次いでいる。
先駆けとなったのはもちろん、2015年ピース・又吉直樹の小説『火花』の芥川賞受賞。芸人ならではの感性を生かし、一流の表現を広げていく先に、「もうひとつの職業人生」があることを証明してみせた。
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そしてまた最近、小説とは違うジャンルでそのことを証明した芸人たちがいる。漫画『大家さんと僕』が手塚治虫文化賞短編賞を受賞し、現在55万部を超えるベストセラーとなったカラテカ・矢部太郎と、ノンフィクション『一発屋芸人列伝』が5刷と大ヒット中で、雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞した髭男爵・山田ルイ53世である。いずれも芸人初となる受賞となり、漫画家とノンフィクション作家としての才能を開花させた。そんな2人が先日、お互いの受賞後初めて対面。「僕たちセンセイ感出してないですか? 大丈夫ですか?」と照れながらも、お笑い芸人という本業の傍ら「書く・描く」ことについて語った。
意外にも執筆のきっかけは、自発的というより人からの勧めだったという2人。漫画とノンフィクションというまったく新しい分野への挑戦となったが、大家さんを慕う気持ち、一発屋芸人たちへの尊敬がそれぞれの背中を押すかたちとなった。
「描いてみたら、と強く勧めてくれる人(マンガ原作者の倉科遼さん)がいて描き始めることにした」という矢部は、連載当初は漫画をもうひとつの仕事にするという意識はまったくなかったという。むしろ「雑誌連載の時(2年くらい)は、時給計算したくないほどの収入にしかなってなかった(笑)」と当時を振り返る。「芸人の仕事と同時にやることなので、好きなことじゃないと続かない。単純に、続かないと収入に結びつくような結果を得るのって難しいですよね。『こっちで稼ぐぞ!』と意気込まずに、自分がすごく好きなことを気軽な気持ちでやったのがよかったと思う。僕はあくまでお笑い芸人なので、たとえ漫画で失敗したとしても大丈夫だよね、と。構えすぎないで流される事は結構大事なんだと知りました。というか、お笑い始めたのも相方に誘われてなので、僕ってずっと流されて生きているのですが(笑)」と語る。
一方、自分がパーソナリティを務めるラジオ番組のリスナーだった編集者から、「一発屋芸人について書いてください」と依頼されたのが執筆のきっかけと語る山田ルイ53世。当初は「一発屋が一発屋を書くなんてイタいんじゃないか……」と、かなり気後れしていたという。だが連載が始まると「同じ一発屋」だからこその鋭い分析力と、取材対象へのツッコミの面白さから瞬く間に業界の評判となり、今回の受賞に至った。「一発屋芸人は今も面白いんだということはずっと思っていたけれど、依頼がなければ書けなかった。僕はそんなに器用じゃないから、本業からちょっと延ばしていったところに、まだ他にも自分ができることがあったという感じです。いや、連載中は『自分は面白く書いてるけど、この本売れるんかなあ』と思ってましたよ(笑)」と語る。しかしこれまでも「一発屋」として様々な営業をこなしてきた山田は、仕事に関して独自の境地に達していた。「ひとつのことを極めることも格好いいですけど、ブレてもいいと思うんです。それでも、自分が培ってきたものが生きるし、また新しい何かにつながる。『まったく違うことをやってやろう!』と力むより、ちょっとブレたくらいの先に次の仕事が待っている気がします」
副業というからには、本業と無理なく両立させることが前提。効率も大事だが、それだけでは長期的な継続は難しい。「深夜ラジオをずっとやられている方みたいに、普段言えなかったこととかを漫画でかけたらいいなと思う」という矢部と「また何か依頼があれば書いてみたい」という山田ルイ53世。なんとも肩の力の抜けた2人だ。「働き方改革」の一環で副業・兼業が推進される昨今だが、どうやって第二の仕事を見つければいいのかまで指南されることはない。しかしこの2人のように、まずは目先の利益や効率よりも、肩の力を抜いて、自分が惜しみなく時間や愛情を注げるものに賭けてみるのはどうだろう。結果的に人生をより「豊か」にする副業と出会えるかもしれない。矢部や山田に学ぶことは、自分の好きなものに「流され」、「ブレる」勇気といえるだろう。