「塩ください」で怒る店員、これが本当の塩対応(中川淳一郎)

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 初めて入る飲食店で、その場を仕切る店員を見た瞬間、「あぁ……、こいつは『塩拒否オヤジ/オババ』だ」と感じる嗅覚がとみに高まっております。何のことかといえば、その店の料理の味付けが薄く、「もう少し濃いのが好みなんだけど……」みたいな時に、塩を含めた追加調味料を要求すると「貴様はこの店の客になる資格がねェ!」とばかりに怒りを露わにするオヤジとオババのことです。

 この前、中華料理店に行き「モヤシのナムル」を頼んだのですが、味は良いもののもう少し塩っ気が欲しい。そこで「すいません、小皿に塩を少し入れていただけませんでしょうか」と丁重にお願いしたところ、「ハァ?」と、年の頃70歳、ワシはこの店の味にプライド持っとるんじゃ的メガネ・スキンヘッドのオヤジ。さらに「塩なんてものを何に使うんですか?」と詰め寄られ、「いや、いいです!」と言うしかありませんでした。

 飲食店で「やや味が足りない」とか「この料理はアレがあればもっと美味しくなるのに」と思うことはあります。

 そこで、レアの鶏レバー(塩)が人気の串焼き店で小皿にごま油を入れてもらったり、ちくわの磯辺揚げがウマい店でマヨネーズを皿の隅っこに少し置いてもらったりします。この要求に対し、「店が最適な味付けをしているのに、それに対して追加を要求するとは失礼だ!」という意見があるのは理解できます。

 ただ、秋田県や青森県では濃い味付けが好まれる傾向があったりするなど、各人の舌というものは、その育ちに応じて好みが異なります。別に店の味付けを否定する意図はないものの、時に「薄いな」と感じて追加の塩を頼んだりすることがそこまで失礼かつ、料理人と店のプライドを傷つける行為なのでしょうか。

 妻が作ったおかずがあるにもかかわらず、ご飯にふりかけをかける夫も糾弾の対象となりますが、その人にとって残ったご飯をふりかけと共に食べるのは至福の時間なのかもしれないんですよね。

 味は各人がカスタマイズしてナンボ――アメリカで中高生時代を過ごした私にはそんな大前提があります。アメリカの場合、飲食店では塩胡椒、さらにタバスコが各席に配置されていることが多いです。

 ハンバーガー店では、ケチャップとマスタードの補給場も設置されています。ホットドッグ店では、ピクルスやタマネギのみじん切りも取り放題。ピザ店には粉チーズに粉唐辛子、唐辛子オイルも置かれています。

 店からすれば「ワシら料理をマニュアル通りに作ったので、あとは好きなようにやってくれ」ということなのでしょう。こっちの方がいい!

「素材本来の味が大事」とか言う人もいるかもしれませんが、いや、素材だけだと美味しくありません。基本的に調味料と相まってその素材は美味しくなるのです。素材本来の味が大事なんだったら、ヤイ、刺身を醤油ナシで食え、と言え。ちなみにザル蕎麦を水で食わせる店にはゾッとします。

 冒頭の「塩拒否オヤジ/オババ」を見分けるポイントは、注文にあたって「まだなの?」と言ったり「ソレとコレは合わないよ」などと敬語不使用で客に指示をする点にあります。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年7月19日号掲載

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