超早期発見と最新免疫療法 「ノーベル賞に最も近い異端児」が切り拓く「がんゲノム医療」

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日本のがん医療を変える

 この問題を乗り越えるため、がんを叩くリンパ球を増やすことに着目したのが、ネオアンチゲン療法というわけである。では、いったいどのようにして増やしていくのかというと、ここでもゲノム解析が端緒となる。

「その情報を基にし、がん細胞にしか存在しない8~9個のアミノ酸をつなげて人工的に各人に合った抗原をつくりだし、それをワクチンとして注射すれば、生来ある特別なリンパ球は“敵”が身体に侵入してきたと認識するので、自分自身を分裂させて増殖していく。あとはそれが血液にのって全身にいきわたり、自らがん細胞を見つけ出して攻撃する」(同)

 このメカニズムを活用した臨床試験が米国では急ピッチで進められており、既に昨年7月には科学誌「ネイチャー」に、ネオアンチゲン療法の効果を報告する論文も発表されている。

 神奈川県立がんセンターがん免疫療法研究開発学部・がんワクチンセンター部長である笹田哲朗はこう力説する。

「3、4年前までは、ネオアンチゲンに関する論文はほとんどありませんでした。しかし、現在では、手術、放射線、抗がん剤というがん治療の3本柱に連なる治療法として免疫療法の重要性が認識されるにつれて、ネオアンチゲンが特に注目されています。従来の標準治療で効果が見られなかった患者さんは、ネオアンチゲン療法という新たな選択肢を試すことができるようになり始めているのです」

 世界中の医療関係者が注目し、既に激しい国際競争が始まっているこれら2つの最新医療技術の実用化を進めることで、中村は日本のがん医療を根底から変えていくつもりなのだ。その本気度がうかがえるのが、自身の研究を実用化するため設立した創薬ベンチャー、オンコセラピー・サイエンスの子会社、「キャンサー・プレシジョン・メディシン」だ。同社がこの2月に神奈川県川崎市にオープンしたラボでは、中村の愛弟子たちが、がん遺伝子の大規模解析や、がん免疫療法の研究開発をおこなっている。自身の拠点となる「がん研」などの専門機関との連携はもちろん、もし国のスピードがにぶい場合でも、民間主導で実用化を進めていく。そんな覚悟が垣間見える。

 異端児・中村は「日本独特の壁」を壊すことができるのか。中村による、がん、そして日本医療界との戦いが再スタートを切ろうとしている。

(文中敬称略)

窪田順生(くぼた・まさき) 1974年生まれ。雑誌記者、新聞記者を経てフリーランスに。事件をはじめ現代世相を幅広く取材。『「愛国」という名の亡国論』(さくら舎)等の著書がある。

週刊新潮 2018年6月21日号掲載

特集「『超早期発見』と『最新免疫療法』 『ノーベル賞に最も近い異端児』が切り拓く『がんゲノム医療』――窪田順生(ノンフィクション・ライター)」より

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