マネーは人々の目を欺くことはできるが、問題を解決する力は持たない
これまでの回で、マネーの歴史を第2次世界大戦まで辿ってきた。
戦後の世界では、ブレトンウッズ体制が確立された。これは、ドルを基軸通貨とし、それに対して各国通貨が固定為替レートでリンクする制度だったが、1971年のニクソンショックをへて、変動為替制に移行した。
この制度におけるマネーは不換紙幣であり、その気になればいくらでも増発できる。
しかし、日本は高度成長期であり、マネーの力に頼らなかった。頼る必要がなかったのだ。この期間の経済成長は、リアルな要因が主導した。
他の国も概してそうだった。とくに西側先進国ではそうだった。
しかしその後、日本経済はマネーに翻弄されるようになる。つまり、経済の実体は何も変わらないのに、貨幣的な要因によって経済が大きく変動するようになったのだ。
1980年代の後半に、日本経済はバブルに呑み込まれた。銀行が経済の構造変化に対応することを怠って不動産融資にのめりこんだ結果、不動産価格が暴騰した。
これは、実体経済的な面から見れば日本経済が衰退したことの結果生じたものだったのだが、多くの人は逆に、日本経済が繁栄の絶頂にあるかのような錯覚に陥った。そして、投機に狂奔した。
90年代になってバブルは崩壊。それが90年代後半の金融危機をもたらし、日本経済は大混乱に陥った。マネーのために、多くの人びとの人生が翻弄されたのだ。
バブルにまつわるさまざまな出来事は、『戦後日本経済史』(新潮社新潮選書、2008年)や、『戦後経済史』(東洋経済新報社、2015年)で述べた。
日本は貨幣価値の低下に頼るようになった
1990年代には、世界経済に大きな変化が起きていた。中国の工業化やIT(情報技術)の登場で国際競争力を失った日本は、円安に頼るようになった。技術開発などで生産性を高めるのではなく、自国通貨の価値を落として国際競争力を高めようとする政策だ。
これは、エリザベス女王が登場する前の16世紀のイングランドが行った貨幣大悪鋳と同じものだ。エリザベスはイングランド国民のためにトーマス・グレシャムのアドバイスを容れて貨幣の価値を回復させた。 しかし、日本では、グレシャムもエリザベスも現れなかった。
2000年代においては、アメリカで証券化商品が登場し、住宅価格のバブルが生じた。アメリカ人は、住宅価値の上昇を利用して消費を増やした。とくに自動車の購入が増えた。それが、自動車をはじめとする日本の輸出を増加させ、日本に外需主導型経済成長といわれた景気回復をもたらした。
つまり、2000年代の日本の景気回復は、アメリカのバブルと密接に結びついていた。間接的にはではあるが、マネーによって引き起こされた「偽りの回復」だったのだ。
アメリカの住宅価格バブルは2007年頃をピークとして崩壊。アメリカ経済は、2008年にリーマンショックという金融危機に直面した。それとともに日本の輸出も急減し、日本の輸出産業は壊滅的な影響を受けた。
以上の背後にあったメカニズムは、『金融危機の本質は何か』(東洋経済新報社、2009年)、『経済危機のルーツ』(東洋経済新報社、2010年)で論じた。
リーマンショック後、世界各国が金融緩和政策を導入した。日本では、2013年から「異次元金融緩和」政策を導入した。これらについては、下記の書物で論じた。
『金融緩和で日本は破綻する』(ダイヤモンド社、2013年)、『金融政策の死』(日本経済出版社、2014年)、『異次元緩和の終焉 金融緩和政策からの出口はあるのか』(日本経済新聞出版社、2017年)。
異次元緩和政策導入から5年かけて確認できたのは、マネーは人々の目を欺くことはできるが、リアルな経済問題を解決する力は持っていないことだ。
日本は、超高齢化社会という、これまで世界のどの国も経験したことがない事態に直面する。
年金や高齢者医療費を中心として社会保障費はとめどもなく膨れ上がるが、それを支えるべき財政的な手当はなされていない。
また、労働力人口が激減する半面で、医療・介護に対する需要は増え続ける。そうした条件下で経済活動をいかに維持できるのか、見通しがつかない。
事態はこのように深刻だが、日本人の危機意識は、きわめて希薄だ。
財政が破たんするのはほぼ確実だが、市中にあった国債を異次元緩和で日銀が買い上げてしまったため、財政負担は意識されなくなってしまっている。
われわれは、ただ騙されているだけのことだ。
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