不法移民の締め出しで牛乳小売価格90%増?! トランプ政権の政策でアメリカ農業が危機に
農家の高齢化は先進国に共通した問題である。日本の農家の平均年齢は66歳を超えており深刻な状況だが、アメリカも安閑とはしていられない。
アメリカの農家の平均年齢はここ40年ほど一貫して上がり続け、現在は58歳を超えている。65歳以上が33%を占め、34歳以下は6%に満たない。若者が農業を敬遠し、新規参入が進まないのは日本と同様だ。
オバマ政権当時のビルサック農務長官は、「米国の農業・食料部門では大卒者を対象に毎年5万8千人以上の雇用が用意されているが、条件を満たす人は3万5千人に止まっている」と、40%もの雇用が満たされない深刻な状況を明らかにしていた。
時事通信の記者として今年2月まで4年間をシカゴで過ごし、『本当はダメなアメリカ農業』を著した菅正治氏によると、こうした訴えにもかかわらず、事態はなかなか改善していないという。
「オバマ政権のビルサック農務長官は非常に熱心で、ことあるごとに若者の新規就農の必要性を訴えていました。ただ、トランプ政権に変わってから農務省の予算も減らされていますし、大統領本人もあまり農業問題には関心がない」
萎縮する移民たち
かくしてアメリカ農業界の人手不足は容易に解消されていないのだが、実はトランプ政権はさらに人手不足に拍車をかけるような政策を発動している。いわゆる「不法移民対策」である。
『本当はダメなアメリカ農業』には、酪農業界の労働者15万人のうち51%が移民であるとのデータが紹介されている。このうち不法移民がどれくらいになるのかははっきりしないが、4分の3は超えているとの指摘もある。
酪農業界の労働は、搾乳や掃除などのハードな肉体労働が多い。1年365日休みなしでもある。一方、ニュージーランド、オーストラリア、EU(欧州連合)などとの国際競争にもさらされているので、コスト削減圧力も強い。この結果、従業員には低賃金で長時間の過酷な労働を強いることになり、米国人の働き手はなかなか来てくれないのだ。
「だったら合法的に移民を入れればいいのでは?」という意見は正論だが、アメリカで外国人が農業に従事する場合の就労ビザ「H-2A」は、果物や野菜の収穫など短期間で働くことを前提としており、酪農のように1年中働く労働者を想定していない。かくして酪農業界は不法移民の労働力に依存せざるを得ない構造になっているのだ。
「全米生乳生産者連盟は、『既に雇用されている労働者には、現在の法的地位に関係なく、合法の資格を与えて欲しい』と訴えていますが、トランプ政権は聞く耳を持たない。このため、ウィスコンシン州など中西部の酪農が盛んな地域では、トランプ政権発足以降、当局に発見・拘束されるのを防ぐため、移民の間では外出を控える動きが広がっています」(菅氏)。
テキサスA&M大学の調査では、酪農業界から移民労働者の半分がいなくなると、乳牛頭数が104万頭、牛乳生産量は242億ポンドも減り、牛乳の小売価格は3割以上上昇するという。仮に移民労働者がゼロになれば、小売価格は90%上昇し、国民生活へも深刻な影響が出る。
「移民憎し」で自分のクビをしめるアメリカ
実は、不法移民に頼っているのは酪農業界だけではなく、農業界全体だ。というのも、先に挙げた就労ビザ「H-2A」が、農業者にとって非常に使い勝手の悪い仕組みになっているからだ。
全米農業連盟の傘下団体が2017年、農業の盛んなカリフォルニア州で実施した調査によると、「労働者が不足している」と答えた農家は55%に達した。生産縮小を余儀なくされる農家も出ており、「メキシコなどからの労働力がなくなれば米国の農業は滅びる」との厳しいコメントも寄せられた。
それでも、「H-2A」ビザを利用して労働力を確保しようとしたのはわずか3%だったという。
農業界の依頼も背景に、こうした移民制度の不備をただすべく、2017年10月上旬には共和党下院のグッドラテ司法委員長が「外国人農業労働者法案」を公表した。この法案では現行の「H-2A」ビザに代えて「H-2C」ビザの創設を打ち出している。新たなビザは、畜産や食品加工の労働者も含め、農業・食品業界で幅広く利用できるよう、一年中働けるように制度が設計されている。
法案は下院司法委員会で2017年10月下旬に可決されたものの、採決は17対16の僅差。しかも年間発給枠は当初の50万人から45万人に減らされた。
「強い『移民アレルギー』が、アメリカ農業の再生の足かせになるという皮肉な事態に見舞われているのが現状です」(菅氏)。
部分最適を求めて全体最適が損なわれている典型的な事例に思えるが、自分で自分のクビを占めている状況は簡単には変わりそうにない。