ソニーを「発明対価300億円」で訴えた元技術者 フェリカ開発、小さな勝利

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紆余曲折

 ソニーを訴えていたのは日下部進氏(61)。ソニー時代は「フェリカ開発・技術部門長」という立場にあり、現在は、ベンチャー企業を経営している。その実績もあって、ソニーのOBでは、有名人の一人だ。

 日下部氏などソニーOBの奮闘を描いた『君がいる場所、そこがソニーだ』(立石泰則著・文春新書)によると、フェリカの開発は、紆余曲折の連続だった。1987年、大手宅配会社からの依頼で始まったものの、コスト面で挫折。が、土壇場で大賀典雄社長(当時)の応援もあって、研究は続けられる。やがて、フェリカの技術は香港で採用され、JR東日本も正式に採用を決める。ところが、05年、フェリカがこれから普及するというタイミングで日下部氏はソニーを去ってしまう。

 日下部氏と一緒に働いたことのあるソニーの元技術渉外室統括室長・原田節雄氏(桜美林大学客員教授)が振り返る。

「日下部さんはエンジニアでありながら、どうやって儲けるのかを考えている人でした。彼はICカードを売るだけでなく、JR東日本と組んで、『Suica』の手数料ビジネスに参入することを狙っていたのです。ところが、ソニーは、そのアイデアを退け、単独でフェリカを使った『Edy』という電子マネービジネスを始めたのです」

 会社の方針に反対した日下部氏は、居場所がなくなり、部門長も外されてしまったという。

「しかし、その『Edy』もうまくいかず、結局、ソニーは売却してしまう。フェリカを開発しておきながら儲けることが出来なかったのです」(同)

 巨額の訴訟は、その悔しさもあってのことなのか。そこで、日下部氏に聞くと、

「その件はお答えいたしかねます」

 との返事。一方、ソニーは、すでに報奨金制度で本人には報いているとしながら、

「今後の対応につきましては判決文の内容を精査したうえで検討してまいります」(広報担当者)

 判決の3200万円は請求額の約1千分の1。日下部氏は一矢報いることが出来たのだろうか。

週刊新潮 2018年6月21日号掲載

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